タカミオのお爺さんが腕時計をちらりと見て、呟いた。


「もう二十二時だ。大人はともかく、子供たちはそろそろ……帰るとしようか」


そう言って、タカミオを連れ、玄関へと向かった。


残った大人たちは、静かな時間に取り残されたようだった。

叔父さんはまだ、おばちゃんに話があるようだ。


「──今週は学校を休ませようと思ってる」


おばちゃんが決定事項のように、少し緊張した声で言った。

エプロンでせわしなく手を拭きながら。


「その方がいいでしょうね。この状況で、家にひとりは……ちょっと」


古い壁掛け時計の秒針が、やけに大きく聞こえた。


叔父さんが、ぽつぽつと話し始める。


「僕は確かに研究者なんですけどね……。論文や学会では扱えない、証拠のない何かがあるという現象に、何度か出くわしてきました。超常現象──とでも言うべきか。研究者としては専門外ですが……」


そこで一呼吸。


「ですが、個人としては。こういう話についての知識は、多少あるつもりです」


(…………いったい何を話すんだろう?)


千穂は膝においた、自分の手を眺めた。


(爪のささくれを切らないと……)


「言い方ちょっとアレですが、獲物を見失った『何か』って、諦めないというか……起点、標的、回収がセットになってるから、システム的に止まれないものが多いんですよ」


「今回の場合、標的だった澤田君がターゲットから、外れてる。そうなると、『何か』が探しやすい──縁ある者、が狙われやすくなる場合が多い」


「そうなるだろうね。人柱の血だ」


おばさんが静かに口にした言葉に頷きながら、叔父さんは続けた。


「千穂さん、その血縁者。距離が関係無いなら、既にお父さんと、弟さんに向かった可能性があるけど──命までは取られていない」


「澪と千穂さんの夢の話を考慮すると、千穂さんは『雪子目線』の夢で……何かシンクロしてると思うんだよ。なら、自分を封じた人柱に、より近い千穂さんが……一番危ないと思う」


「…………教室のガラスが割れたとき、私だけが『見つけたぁ』って声、聞いてるんです。澤田君が登校してきた日に」


おばちゃんが、驚いたように千穂に顔を向けた。


「私は千穂のまわりに良くないものが、としか。だから、魔除けのドクダミ風呂にいれたんだよ。曾祖母がよく『地獄の口はドクダミが嫌いなんだ』って言ってたから──」


「うんうん、ドクダミは魔除け、蛇避けによく使われてますね……二代目の文献にも記述はありました。あと──巳沢村の文献からですが、『雪子』には龍神お気に入りの証である、龍印があったとされていて」


「…………龍印。それって、伊藤家直系の大多数が持ってる、赤いウロコみたいなヤツかね?」


「ほう、伊藤家にそんな遺伝が?」


「嫁に出た子は治るんだけどね、赤い湿疹みたいなアザが出る者が多いね。私にも昔、出てたし」


「なるほど。文献によると──幼い雪子が池に転落し、龍神に足を掴まれて助けられたと。その時掴まれた足に、青く輝く龍印が刻まれた、とありますね……言うなれば、『加護』ですかね」


「ふうん?赤いのしか見たこと無いね。よっちゃんも赤かったし、隆弘には無いし。……だから、隆弘は迷信だって笑うんだけど……千穂はどうなんだい?」


叔父さんと、おばちゃんの視線が集まる。

千穂は、急に体温が下がった気がした。

ずっと、ずっと靴下で隠してきた痣。


(今年になってから、湿疹が治らなくて──段々、赤から黒っぽくなって)


千穂の右足の小指の側面から、足の甲にある五百円玉大の、痣。

千穂は無意識にそこを隠すように、手を置いた。


それは、確かに、雑誌で見るような、タトゥーの色のように。


──人工物のように、青いのだ。

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