改竄と徴収


「科学的根拠はないけれど、今までと違うこと。神の御名が降りていること、地獄の口のターゲットが存命なこと」


──電話の音がする。

ほどなく、おばちゃんの家のお嫁さんが来て言った。


「お義母さん、電話──伊藤さんから」


「ちょっと失礼するよ」


(お父さんかな?おばちゃんちに電話する『伊藤』はお父さんしかいないものね)


「あとは妙な滲み……で、他にルールが破綻してる事あるかな」


叔父さんが家系図を眺めながら、朱墨が滲んだ箇所を指差した。


「滲み……あ、家にも家系図があって、そっちには次代当主は龍巳……弟にするって」


「んん?この家系図には千穂さん、新しい家系図には弟さん?朱墨で?」


「いえ、黒で」


「ふむ。それは目に見える改編だね。千穂さんのお父さんは──もしかして、迷信とか言い伝えを気にしないタイプ?お婆様は納得されてた?」


千穂は「はい」と小さく頷いた。


「父は、全くそういうの気にしない、というかむしろ嫌みたいで。次代の話は祖母が亡くなってからで……」


叔父さんは考え込んだ。

トン、とペンをメモに打ち付けている。


「千穂さんのお父さんに、話を聞かないと──」


部屋に戻ってきたおばちゃんを見て、叔父さんは言葉を飲み込んだ。


「千穂、隆弘から電話があって」


「やっぱりお父さんから?」


「東京で事故にあったらしくて──ああ、電話出来るくらいだから大ケガとかじゃないよ」


「事故?」


立ち上がりかけた千穂を、手で制しておばさんが続けた。


「なんでも実家に帰ってるあの後妻の──千穂の弟が溺れたらしくて見に行った帰りにね」


「溺れるって?たっちゃんまだ首が座ったばっかりの赤ちゃんだよ?」


(溺れるなんて、なくない?ずっと抱っこされてる赤ちゃんなのに……)


「東京の方だと、赤ちゃん用のプール教室があるらしくて。詳しい話は聞けなかったけど、とにかく隆弘は骨折して治療中みたいだから、しばらく千穂を頼むってさ」


「弟は?」


「あの赤ん坊は、入院してるみたいだよ?」


──お婆ちゃんと同じで、おばちゃんも継母と愛梨、龍巳のことは『認めていない』様子だった。

だけど、千穂にとっては弟だ。


(三、四回くらいしか抱っこしたことないけど──たっちゃんは、弟だ)


継母、その連れ子の愛梨との関係は冷えきっていたけれど。

龍巳には、またちょっと違う気持ちがあった。

触れあうことはほとんどなかったけれど──可愛い、と思っていたのだ。

継母が嫌そうにするから、積極的に関わってはいなかったが。


沈黙を破ったのは、叔父さんの声だった。


「まず、ご家族が無事で何よりだったね、千穂さん」


「はい……ありがとうございます」


「こんなこと考えたり、口にするのは不謹慎だけど──さっき言った代償と徴収、に関連性があるかもしれない」


「いや、でも村から離れた場所だから、違うかも──」


おばちゃんが、叔父さんを遮るように言った。


「前の時に持っていかれた子は、四国に行ってる時に川で溺れて死んでるよ」


(──ああ、)


千穂も、今まさにそう感じていた。

『地獄の口』が雪子様に関係ある人に──。

言葉にしては本当にそうなる気がして、言えなかったけど。


(なにかが起きてる、のはわかるけど……全部ただの偶然かもしれない……でも、あの嫌な風と声は確かに本当、だった)


千穂は、不思議と落ち着いていた。

諦めにも似た気持ち。


(おかしいことは全部、消えちゃえばいいのに)


消えてはくれないのは、もうわかっていた。

嫌なことは、黙ってたら消えてくれるわけでもないから。

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