事件

千穂は漠然とした不安感で、ベッドに入ってもあまり良く眠れなかった。

起き上がって机の上の母の写真を眺めた。

自分でも驚くほど母と千穂は瓜二つだ。

父親は俺に似なくて良かったな、等と時々言うけれど父に似ているところはちゃんとある。

小柄だった実母と違って、背の高さは父親譲りだったし手と足の形もそっくり。

足の小指の爪が小さすぎて殆んど無い所も。

母が亡くなったのは、千穂が幼稚園に通ってた頃だ。

前後の記憶はあんまり無いけど、お葬式の事はハッキリ覚えている。

線香の香り……祖父母と父と線香を絶やさないよう一晩過ごした事。

その時は存命だった祖父が、普段はダメと言われていたチョコレートを買ってくれた事。

もっと生きてて欲しかったな……。

千穂は込み上げる涙をそっと手の甲で拭った。


翌日から毎日、千穂は30分早く登校するようになった。

タカミオと話すのが楽しみで。

1時間早いとあからさま過ぎるように思えたし、30分と言うのが千穂なりに考えた不自然じゃない時間。


朝と放課後、千穂はタカミオが話す伝承や言い伝え、そういうちょっとオカルトっぽい話に更に興味を持つようになった。

もうじきゴールデンウィークだね、と話していたそんなある日の放課後。


学校のあちこちから悲鳴が上がった。

千穂は奈緒ちゃんと一緒に、ゴミ箱を持って焼却炉から教室に戻る所だった。


蛇だ。


そこら中、蛇だらけだった。


奈緒ちゃんは泣くし、蛇がいない場所がそもそも無い。

校内放送が体育館に集まるよう告げている。


泣きじゃくる奈緒ちゃんを励まして歩かせ、体育館についた頃には千穂は汗びっしょりだった。

足を這い上がってくるとか、自分に向かって来るとかそういう事は無かったけれど、とにかく数が多すぎた。

地面が見えない部分もあったくらいだ。


蛇の居ないところを選んで足を踏み出したり、ダメそうだったら思いきってそっと靴で押し退けたり。

体育館の中は先生達が蛇をモップで押し出したらしく、とりあえず蛇は居なかった。

千穂は安心して座り込んだ。

奈緒ちゃんは過呼吸を起こして、先生に背中をさすられている。


「大丈夫?」


タカミオが千穂に手を差し出した。

千穂はなんとか立ち上がり、お礼を言い、いったい何が起きてるのか?と話し合った。


「俺たち、音楽室の掃除しててさ」


タカミオの隣に木下君や他の子が来て、情報交換が始まった。


「音楽室も蛇だらけでさ、どうしようってみんなでパニクってたらタカミオが毒蛇じゃないからゆっくり体育館行こうって。それでなんとか体育館まで来れたんだよー」


「モップで蛇をかき分けて」


「マジこわかった」


「なんなの、ほんと……」


みんな震え声だ。


千穂は汗のせいで右足指に出来てる湿疹が痒くなってきたが、みんなの前で靴下を脱いで掻くのは嫌だったので床を靴先でトントン叩きながら、自分は奈緒と焼却炉の方に居た話をした。


「焼却炉の方もいっぱいで」


「校庭もだったよ」


とにかく、蛇、蛇、蛇────。

身を寄せ合い、励まし合うしかなかった。

時々、先生が入ってきた蛇をモップで押し出して。


「お、居なくなったぞ!」


外を見ていた先生が大声で叫んだ。


ワッと歓声が上がり、安堵のあまり奈緒ちゃん含めた数人の女子がまた泣き出した。

体育館のドアが開けられ、おそるおそる外を見てみると、あんなに居た蛇が消え失せたかのように居なくなっていた。


千穂を含めた、親が迎えにこられない生徒は先生が車で送ってくれた。

車の窓から見ても、いつも通りの砂利道だ。

蛇は全く見当たらなかった。

家に帰ってすぐにシャワーを浴びた。

母、龍巳、愛梨も家に居たが、話し掛けられもしないし話し掛けようとも思わなかったので、終始無言だ。


愛梨は今年中学校に上がったけれど、学校には殆んど行っておらずいつも自室でゲームをしている。

部屋から出てくる事も滅多にない。


シャワーから出て、リビングに行くと継母が家の中に蛇が数匹入ってきて……と甲高い声で帰ってきてた父親に話し続けている。


「そうらしいなぁ。町には出なかったけど」


「それがね、急にいなくなったの。どこかに隠れてるはずよ!」


「私の部屋にもでたの!気持ち悪い!」


愛梨も珍しくリビングに出てきていた。

父親は一応見てくる、と言い家の中と周囲を見に行ったが蛇なんか居なかったぞ、と継母に言ってため息をつきながら着替え始めた。

千穂も「疲れてるから寝る」と言ってペットボトルだけ持って、自室に入った。

とてもじゃないが、食欲なんて無かった。


千穂は自室に置きっぱなしの携帯がピロン♪と鳴っていたので、ベッドに座ってチェックし始めた。

RAINの通知音だ。

グループ、個人でやり取り出来るSNSみたいなアプリ。

クラスのと、仲の良い子達のグループがある。

お知らせ音が鳴ったのは仲の良い5人グループの方だ。

メンバーは千穂、優子、奈緒ちゃん、澤田君、木下君だ。


"タカミオをグループにいれても良い?"


木下君がみんなに聞いている。

千穂は良いよ、とスタンプを返した。

木下君含め、返信したのは千穂と奈緒ちゃん。

過半数賛成と言うことで、タカミオがグループに招待された。

よろしく、などと挨拶が交わされ優子もOKと言うことで、比較的和やかに今日の出来事を少しの間やり取りした。

優子は欠席してたので、皆から羨ましがられる一幕もあった。






澤田君からは何も返信はなく、既読も付かなかった。

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