第12話 輝く陽の下で
キャンプの話が出たときは、なんとなく、まだ先のことだと思っていた。
でも気づけば終業式も終わっていて、あっという間に夏休み。そして今日は、そのキャンプの当日になっていた。
早朝、駅前に集合したときは、全員まだ眠たそうで、会話のトーンも少し重めだった。
電車やバスを乗り継ぐなかで、少しずつ会話も増え始めたが、海沿いのキャンプ場が見えてきた途端、空気が一気に変わった。
広がる水平線。白い砂浜。潮の匂いと、空を渡る風の音。バスを降りて荷物を運ぶ頃には、全員が自然と笑顔になっていた。
「うわー!ほんとに海が目の前じゃん。オーシャンビュー!」
中村がテンション高く叫びながら、浜辺に駆け出していき、それにつられるように内野も走り出した。スニーカーを脱ぎ捨て、波打ち際をバシャバシャと跳ねながら笑ってる。
「はしゃぎすぎだからー!先に荷物を片付けてから遊ぼうよ!」
優花が大声で二人を注意し、その隣で俺も、うんうんと頷いてはいたが、内心は少しだけ浮かれていた。
テントやその他のキャンプ用品は、全てレンタルであり、既にキャンプ場側で準備がしてあった。
俺たちは、男女に分かれたテントの中で各々の荷物を片付けたあと、水着に着替えて、全員で海に出た。
男子陣はパラパラと集まりながら、なんとなく女子のほうを意識してる。視線の行方は、まあ言うまでもない。
「うお!陽南、大迫力!やっぱすげえ、すげえよ!」
治樹は内野のほうばかりを見ながら、語彙力は皆無といった感じで興奮している。
白地にオレンジのラインが適度に入ったビキニ。派手だけど下品じゃない。内野の明るい髪と肌によく合い、まるで、それ専用にデザインされたかように似合ってる。
隣には、少し恥ずかしそうに、手をもじもじと動かしている優花がいる。
「てか改めて見ると、高野ってかなりスタイルいいんだな」
後ろから声をかけてきた石川の言葉につられ、俺も思わずそちらを見る。
優花は紺色のワンピースタイプの水着で、露出は控えめだけど、逆にそれが、スラリと細長く背の高い優花の体型を引き立たせている。これはこれで、しっかりと視線を集めるような引力があった。
「おいおい、中村も結構やべえぞ。てか、あいつ腹筋割れてね?アスリートじゃん。やば、正直、一番好みなんだけど」
中村は、オーソドックスな黒のビキニではあるものの、三人の中では一番健康的で、そのイメージにピッタリといったところだ。そして意外にも、石川は中村の水着姿に対して、一番テンションが上がっているようだった。
三者三様で素晴らしい。俺も大っぴらに感想を言いたいところだが、他の二人が既に大騒ぎしているので、一旦クールダウンしておく。
男子陣の会話はだいたいそんな感じで、ほぼ品評会だった。もちろん、本人たちには聞こえないように。
しばらくして、石川がビーチボールを持ち出すと、自然と全員が混ざって遊び始めた。
なんやかんや言って、俺も楽しくなって、心から夏の訪れに感謝していた。
昼近くなって、テントサイトに戻ると、バーベキューの準備が始まった。
「私、お肉焼くね。治樹くんも手伝って!」
内野が、トング片手に真っ先にグリルの前へ。治樹も嬉しそうな顔で隣に立つ。
そして、火をつけながら「翔太郎くんは、焼きそば係ね」とさらっと命じてくる。
「は、焼きそば?なんで、俺?」
「私が翔太郎くんに任せようと思ったから!よろしくね!」
こうなると、内野の満点の笑顔にはもう逆らえない。
「千尋と石川くんは、野菜のカットお願い!あと優花、食器用意してくれる?」
指示は的確。テンポもいい。なにより、楽しそうにやってるから誰も不満を口にしない。普段から仕切りたがりだが、こういうときの内野は、かなり頼りになる。
そう思いながら、焼きそばを混ぜていると、優花が、紙皿を持ってやってきた。
「翔太郎、隣いい?」
なんとなく、目が合って、ちょっと照れくさい。
「あ、うん。でもまだ手がベタベタだから、あんま近寄んない方がいいよ」
「ふふ、わかってるって」
そんな短い会話を交わした、次の瞬間。
「はーい、集合!お肉、焼けましたー!」
内野の声が響いて、わっと視線が集まる。
優花がスッとその場から動くと、いつの間にか、内野が俺の横に立っていた。
「はい、お肉どうぞ!焼きそばも、いい香りだね。翔太郎くん、グッジョブ!」
「あ、ありがと」
やはり内野は、その場の空気を全部持ってく。でも今回に関しては、不思議と嫌な気分にはならなかった。
昼食後は、自由時間になった。
中村と石川はスマホを持って、海辺で撮影タイム。
治樹と内野は、テントの横にあるテーブルで、カードゲームをしている。
俺は少し離れた木陰のベンチに腰掛けて、炭酸飲料の缶を傾けていた。
「焼きそば、ちょっと焦げてたよね」
後ろから声がして振り向くと、優花が缶ジュースを片手に立っていた。
「いや、あれはわざとだから。焦がしたくらいが、一番よく香るから」
「ふーん。でも、全体の三分の一くらいは、焦げてたよね?」
「はい、すみませんでした」
優花が、笑いながら隣に腰を下ろす。肩が軽く触れるか触れないかくらいの距離。
「それにしても、みんな楽しそうだな」
「うん。こういう感じもいいと思うよ。最初は不安だったけど、思ってたより全然のんびりしてる」
少しの沈黙。風の音。鳥の声。
こうしていると、優花が一番接しやすいと感じる。なんなら、このまま時間が止まってもいい──そんなふうにすら思った。
少し離れたところでは、内野と治樹の二人が歩いている。治樹はスマホを見ながら、ちらちらと内野の方を気にしている。
「治樹、まだタイミングが掴めてないんだな」
「そうだね。なんか、他人事のような気がしないなあ」
治樹のじれったい様子に、思わず二人ともため息を漏らしていた。
日が落ちて、キャンプ場が少しずつ暗くなっていく。
内野が手持ち花火の袋を持って、全員を集め始めた。
「はーい、じゃあこれ配るね!火つけるのは、順番にね」
火薬の匂い。赤や青、黄色に光る火の尾。ぱちぱちと音を立てて、火花が弾ける。
そのまま、中村がスマホでタイマーをセットして、全員で集合写真も撮った。
こういう瞬間って、一生のうちに何回あるんだろうか。ふと、そんなことを考えた。
なんの気負いもなく、みんなが笑っている。誰も何も気にしていない。
この場は、ただただ楽しかった。今日の昼間も、そしてこの夜も。
本当に、ただそれだけだった。
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