第9話『みんなの前で』



月曜日の朝。教室に重い空気が漂っていた。


金曜日の「事件」のことを、みんな知っている。ぺんたが壊されたこと。そして、ぺんたが「怒った」こと。


「今日は学級会を開きます」


担任の先生が、いつもより真剣な顔で言った。


「金曜日に起きたことについて、みんなで話し合いましょう」


咲は下を向いた。また、みんなの注目を集めることになる。


ぺんたは咲の横に立っていた。テープで固定された羽が痛々しい。でも、ぺんたはいつもと変わらない表情で前を向いている。


「まず、事実確認から」


先生が黒板に書き始める。


「廊下でぺんたが壊れた。目撃者の話では、何人かの生徒が関わっていたとのこと」


教室がざわつく。


「誰がやったか、正直に」


誰も手を挙げない。


咲は唇を噛んだ。あの男子たちの顔は覚えている。でも、言えない。もっといじめられるから。


「咲さん」


先生が咲を見る。


「あなたから説明してもらえる?」


「…転んだんです」


咲は嘘をついた。


「ぺんたが、自分で」


「そうなの?」


先生は疑わしそうな顔をする。ぺんたを見ると、ぺんたは何も言わない。


「ぺんた、本当にそう?」


先生がぺんたに聞く。普通、ロボットに意見を求めることはない。でも、先生も困っていたのだ。


教室中が、ぺんたを見つめる。


長い沈黙。


そして、ぺんたが口を開いた。


「いいえ」


咲が息を飲む。


「転んだのではありません」


ぺんたの声は、静かだった。でも、はっきりしていた。


「誰かに、押されました」


教室がさらにざわつく。ロボットが、告発した。


「誰に?」


先生が聞く。


「それは」


ぺんたが言いかけた時、咲がぺんたの羽をつかんだ。


「言わないで」


小さくささやく。


でも、ぺんたは咲を見て、優しく首を振った。


「咲さんは悪くない」


ぺんたが、みんなに向かって言った。


「咲さんは、何も悪くありません」


「ぺんた…」


「咲さんは、いつも一人でお昼を食べています」


ぺんたが続ける。


「なぜですか?」


教室が静まり返る。


「咲さんの上履きが、ゴミ箱に捨てられていました」


「なぜですか?」


「咲さんの机に、落書きがありました」


「なぜですか?」


ぺんたの問いかけが、教室に響く。


「それは…」


誰かが何か言いかけたが、言葉が続かない。


「咲さんが泣いていました」


ぺんたの声に、感情がこもる。


「毎日、泣いていました」


「それは、あなたたちが」


「ぺんた!」


先生が止めようとする。


でも、ぺんたは止まらなかった。


「あなたたちが、咲さんをいじめたからです」


はっきりと、その言葉を言った。


ロボットが「いじめ」という言葉を使った。プログラムにない、人間の感情を理解した言葉を。


教室が凍りついたように静かになった。


誰も、何も言えない。


「ぺんた…」


咲の目に涙があふれる。自分のために、ぺんたが。ロボットのぺんたが、みんなの前で自分を守ってくれている。


「あの」


一人の女子が手を挙げた。動画を最初に広めた子だった。


「…ごめんなさい」


小さな声で言った。


「面白半分で、動画を…」


「私も」


別の子が言う。


「落書き、私がやりました」


「上履きは、俺たちが」


男子も白状し始めた。


先生は驚いた顔をしている。まさか、ロボットの言葉で、みんなが正直になるとは。


「みんな…」


先生が口を開きかけた時、ぺんたがまた話し始めた。


「でも」


ぺんたの声は、怒ってはいなかった。


「みなさんも、きっと何か理由があったのでしょう」


「え?」


「わたしは、理解できないことがたくさんあります」


ぺんたは自分の折れた羽を見る。


「なぜ、人は他人を傷つけるのか」


「なぜ、一人ぼっちにするのか」


「でも」


ぺんたは顔を上げた。


「咲さんは、わたしに教えてくれました」


「人は、さみしいんだと」


「こわいんだと」


「だから、時々、間違えるんだと」


ぺんたの言葉に、何人かの子が顔を伏せた。


「わたしは、ロボットです」


「感情はないはずです」


「でも」


ぺんたの目から、また水滴が流れた。


「咲さんが泣いていると、わたしも」


言葉が詰まる。


「わたしも、何かが…」


そこで、ぺんたは黙った。


教室に、すすり泣きの声が聞こえ始めた。


「ごめん」


「ごめんなさい」


あちこちから謝罪の声が上がる。


咲は泣きながら、ぺんたを抱きしめた。


「ぺんた、もういいよ」


「もう、いいから」


でも、心の中で思った。


ぺんたには、心がある。絶対に、ある。


「これから」


先生が口を開いた。目が赤い。先生も泣いていたのだ。


「みんなで、やり直しましょう」


「はい」


みんなが答える。


その日の給食。


「咲ちゃん、一緒に食べよう」


誰かが声をかけてきた。


「え?」


「ごめんね、今まで」


「ぺんたも一緒でいい?」


咲は戸惑いながらもうなずいた。


久しぶりに、みんなと食べる給食。


ぺんたは咲の隣に立って、みんなの会話を聞いている。


「ぺんたって、すごいね」


誰かが言った。


「ロボットなのに、咲ちゃんのこと、本当に大切に思ってるんだね」


「うん」


咲は笑った。涙の跡が残る顔で、でも、本当の笑顔で。


「ぺんたは、わたしの大切な友達だから」


ぺんたが咲を見る。


そして、小さく首を傾げた。いつものくせ。


でも咲には、それが笑顔に見えた。


放課後。


咲とぺんたは、久しぶりに他の子たちと一緒に帰った。


「明日も一緒に帰ろう」


「うん」


夕日が、みんなを優しく照らしている。


ぺんたの折れた羽も、夕日に染まって、まるで本物の羽のように見えた。


「咲さん」


ぺんたが小さく言った。


「今日は、楽しかったです」


「うん、わたしも」


咲は空を見上げた。


明日は、きっともっと楽しい。


そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る