08-4・実家に帰省する馬車の中の子供の頃の思い出
アルトさんの果物園でりんごの収穫を手伝いに来た俺たちは、着いて早々に昼食をごちそうになっていた。
向かいでおいしそうにアップルパイを頬張るルファン――ことルーンが幸せそうだった。
もちろん、ツンケンしているラルク(ヤマネコ獣人でルファンの執事)でさえ、おいしそうに食べている。
「わたしの作ったアップルパイ、美味いでしょう?」
「はい、とてもおいしいです」
「なぜおいしいと思うと思う?」
「それはアルトさんが手塩にかけて育てたからですか?」
ルファンの答えに、ふふっと嬉しそうに微笑むアルトさん。
俺もここに初めて手伝いに来た時、同じ質問をされたのを覚えている。
「それもあるけどね。ここで安全にりんごを栽培できるのは、ヴァルティエ様のおかげでもあるのよ」
「「ち、むっ……!?」」
あわや“父上”と言いそうになったのを、慌ててラルクがルファンの口を塞ぐ。
これには俺もヒヤッとした。
「アルトさん、続けて続けて……」
「ヴァルティエ様がここの当主になってからは、どんなに野菜や果物を育てても魔獣が悪さをして、とんだ被害があって大変だったの。それを、ヴァルティエ様が信頼のおけるエルフの方々に頼んで、魔獣が来ないように魔法防壁の魔法陣を張ってくださったおかげで、わたしたちの暮らしはとても安全になったのよ」
そこから父上の美談を話すアルトさんに、真面目に耳を傾けるルファン。
改めて、ルファンはつくづく父上が好きなのだとわかる。
それから数時間が経ち、やっとりんごの収穫の手伝いに入った。
今年もりんごの出来はいいみたいで、大ぶりのりんごが採れていた。
「兄さん」
「ん?」
「……その、今まで、すみませんでした」
「……気にするな」
「僕は愚か者でした。自分の力に慢心していたせいで周りが見えていませんでした。本当に、今まで申し訳ありませんでした」
「……今、それに気づけただけでも成長だ。これからも愚か者にならないよう、お互い頑張ろう」
「は、はい!」
ホッとしたのか、安堵の笑みを浮かべながらりんごの収穫に手を動かす。
ラグナルを見れば、彼も安堵の笑みを浮かべていた。
俺も笑みが少し緩む。
ギスギスしていた兄弟関係が、少しずついい方向に向かっていることが嬉しい。
そのうち日が暮れかけ、おすそ分けにアルトさんからりんごを数個もらい、屋敷に戻った。
「母上」
「……ルシェル……どうしたの?」
「アルトさんからもらったりんごを、すったものです」
日に日に弱って、もうやせ細った母「ルージュ」。
俺は枕を少し高くして、少しでも食べやすいようにする。
小さいスプーンですりりんごをすくい、ゆっくり口に運ぶ。
そうすると、母は弱々しく笑った。
「とても……おいしい……」
「よかったです」
「ルシェル。旦那様から聞いたわ……ルファンと仲良くしているって……母は、とてもうれしいわ……」
「はい。少しではありますが、これからも仲良くするつもりです」
「そう……よかった……ルシェル……」
「はい、母上」
母上の弱々しい手が俺の手を握る。
本当に、痩せ細った腕が痛々しい。
「家族のみんなを……頼みます」
「母上?」
優しい笑みとともにゆっくり目を閉じ、手が落ちる。
「母上……ラグナル」
「はい、ルファン様」
「急いで、父上とルファン、医者を呼んできてほしい……」
「!?わかりました!」
ラグナルが慌てて寝室から出ていったすぐあと、父上とルファンがやって来た。
俺は、母が死んだのかと思ったが、医者の診察によるとまだ生きている。
ただ、診断からすると植物状態に近いということだった。
もしかしたら、少しでも生きるために、そうなったのか、俺にはわからない。
そのあと、母の寝室には父だけが残った。
中庭のガゼボで、俺とルファンは夜空を見ながら、静かに時間を過ごしていた。
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