08-3 ・実家に帰省する馬車の中の子供の頃の思い出
夜遅く、父に呼び出された俺とルファン。
まさか俺が次期当主だと言われるとは思わず、かなり驚いた。
その時のルファンの納得のいかない表情は無理もない。
屋敷の執事やメイド、そして貴族の者たちは皆、ルファンこそが次期当主だと持ち上げていたのだから。
だからか、隣のルファンの落ち込みようは相当なものだった。
そんな彼を見て、俺は父に「ルファンにもチャンスをあげてほしい」とお願いした。
いや、正直に言えば、次期当主なんてやりたくない。
俺は自由に生きたい。
早い話、BLゲーム『星降る(通称)』のシナリオ通りに進みたくないのだ。
本当は、来年16歳になったら冒険者になり、シルバーバイト家を出て、“シェル”として旅に出て楽しむつもりだったのに……。
「はあ……」
「どうした兄さん?」
「いや、なんでもない。それより、もうダスティマウスは倒したのか?」
「はい。一時的ではありますが、水路は安全になるでしょう」
俺は今、ルファン、俺の弟を“ルーン”として冒険者ギルドに登録させ、Fランクから始めさせている。
いわば、教育係だ。
偉そうに振る舞うかと思いきや、意外と真面目に俺の指示に従っている。
あとでラグナルから聞いたところによると、父がルファンにきつく説教したらしい。
本当かと疑ったが、ルファンを担当しているヤマネコの獣人執事・ラルクが、俺にわざわざ怒りながら報告してきたので、苦笑いするしかなかった。
「ルーン様」
「ラルク、今は僕は民に扮装してるんだから、“様”はつけるなって言ってるだろ」
「はい、ルーン……何か、シェル?」
「……いや、何も。なあ、ラグナル?」
「私に振らないでくれ……」
ラルクの態度の温度差に、俺とラグナルは思わず苦笑いしてしまった。
「この後はどうするのですか、兄さん?」
「とりあえずギルドに報告だ。それとアイルさんのリンゴ収穫の手伝いがあるから、そっちに向かおう」
「……わかった」
その一瞬の間に、ルファンの疲れが滲む。
そういえば、いくら体力がついたとはいえ、屋敷では武術指導でそこまで体力を消耗することはなかった。
俺と行動していれば疲れるのも当然だ。
「アイルさんのところに着いたら、昼食を用意してくれてる。……アップルパイが絶品だぞ」
「アップルパイ……!」
うん。
ルファンが小さい頃から甘いものに目がないのは覚えている。
そう、まだ“出来の悪い兄”ではなかった、仲の良い兄弟だった頃のことだ。
「兄さん?」
「ん? ああ、行こう」
態度が一変したルファンに、少し戸惑うこともある。
けれど、昔から勉強熱心で真面目な性格なのはよく知っている。
だからこそ、彼には次期当主になってほしい。
自分の行動が父にとってプラスになっていることに、俺はまだ気づいていなかった。
どうにかルファンを次期当主として指導する立場になったが、内心では父のことだ、最終的にはルファンを選ぶに違いないと思っている。
今、屋敷から離れて外の世界を見ることで、領地の民が何を必要としているのか。
そして旅人や冒険者、商人から新たな知識を得ることで、ルファンは“最強の当主”になれる。
それが、今の俺のささやかな楽しみでもあった。
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