03・始まりのフラグが立つのを見た

午前の授業が終わり、昼ごはんの時間になった。

入学前、上級生から学校案内を受けていたおかげで、迷わずカフェテリアへ向かおうと腰を上げる。

エミールが席を立つと、通りすがる同級生たちが彼を奇妙な目で見ていた。

無理もない。

エミールは平民出身で、この学年のほとんどは貴族か王族。

あまり良くは思われていないことが、ひしひしと伝わってくる。

まあ、それは俺も同じかもしれない。

何しろ俺は獣人ではあっても、シルバーバイト伯爵家の長男。

エミールよりは多少マシかもしれないが、風当たりは強い。

それでも、見ていてなんだか胸が痛んだ。

俺はひとりでカフェテリアに向かおうとした。

けれど、エミールが俺についてきて、二人で向かうことになった。

食事はバイキング形式で、好きな料理を選び、空いている席に座る仕組みだ。


そして“始まりのフラグ”が、立つ――


エミールが、アストレリス国第一王子・「アレクサンダー・ヴァルモント」と出会う、最初の場面。

そのときエミールは、モブいじめグループの5人に囲まれていた。

黙っていたが、彼の瞳には強い光が宿っていた。


「平民出身なんでしょ? そんなあんたがここに来るなんて、間違いだと思わない?」

「そうよね、下民の分際で?」


ゲラゲラと笑うモブたち。

それでもエミールは一歩も引かず、まっすぐに立っていた。


「貴族も平民も、同じ人間だと思うよ? むしろ、あなたたちの方が知性がないように見えるけど?」

「……なにっ!?」

「下民のくせに!!」


その瞬間――


一人のモブが手を上げようとしたとき、その手首を後ろから誰かが掴んだ。


「いじめは、よくないよ?」


静かな、だが圧のある声だった。

モブたちが息を飲む。


「っ、アレクサンダー様!?」

「そんなことしたら、手を痛めるよ?」

「は、はいっ!」


慌てて引き下がるモブたち。

アレクサンダーは手を放すと、すっとエミールの前に立った。


「平気?」

「……あ、はい」

「そっか。君は?」

「エミールといいます」

「エミール。アレクサンダーだ。よろしく」


「はい」と返すエミールに、アレクサンダーはうなずき、そのまま去っていった。

そっけないようで、確かに――“フラグ”は立った。


ここから、エミールとアレクサンダーの関わりが始まる――


その様子を、俺は見ていた。

目が合った瞬間、エミールはふっと微笑んでこちらに歩いてきた。


「隣、いい?」

「……構わない」

「ありがとう……はぁ…貴族も平民も、同じ人間だと私は思うのに……」


切なげにこぼしたその言葉に、胸がチクリと痛んだ。


「この世界が本当に平等なら、こんな差別はない。……俺も、そう思うよ」

「……そうだね。私が、それを壊せたらいいな」


エミールが昼食を食べ始めたとき、俺は思わずつぶやいた。


「君なら、できると思うよ」


向かいに座っていたエミールの目が、少しだけ丸くなる。

そしてほんの間を置いて、ふっと笑い、再び黙って食事を続けた。

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