「スライムが逃げないなら」

ロンドのオフィスの窓が粉々に砕け散った。

ガラスが飛び散り、艦内の空気が一瞬吸い出された。すぐにシステムの警告音が鳴り、気圧が戻る。


スティーブンが銃を手に震わせ、緑の瞳を燃やしながら立っていた。


「撃てないと思ってんのか!?ナメんなよ、クソ野郎!」


ロンドは一言も返さなかった。

戦闘ダンサーのような優雅な動きで身をかがめ――


スティーブンが発砲。外れる。

その瞬間、ロンドは滑るように床を移動し、蹴りで彼を倒して銃を奪った。


「情けない。」

そうため息をつきながらも、口元がわずかにゆるむ。

「でも、根性はあるな。再評価してやろう。」


スティーブンの目が輝いた。「マジで?!」


「ああ。」ロンドは鼻で笑った。

「クソ掃除係としてな。オフィスから出てけ。」


スティーブンは震えながら立ち上がった。

「てめぇ、このクソ傲慢が――!」


再び飛びかかろうとしたその時、背後から強い腕が彼を抱きとめた。


「もうやめとけ。」

タイズがロックをかけながら言った。

「行こうぜ。」


「放せって!あいつをやり返さねぇと!聞いた מה הוא קרא לי?!」


「聞いたよ。けど、正直ちょっと笑ったろ?

今黙んないと、マジで薬打たれるぞ。」


スティーブンは罵声を吐きながら、ズルズルと引きずられていった。


その頃、ALKEN艦は新たな目的地――ゲストロニオへ向けて星の間を疾走していた。

ETA(到着まで):2週間。


そしてその間にも、誰かはただお茶が必要だった。


女子部屋。キンバリーはベッドを整えながら、鼻歌を口ずさんでいた。

アナがため息混じりに入ってくる。


「ねえ、今夜のシフト代わってくれない?

胃が…神様が子宮でバク宙してる感じ。」


キンバリーは優しく微笑んだ。

「いいよ。どうせ寝れてないし。目を閉じるたび、ネプチューンが中指立ててくるの。」


「惑星に指あると思ってんの?

あんた、セラピー必要だよ。」


「ラナに相談してみな。たぶん『まず撃ってから考える』タイプのセラピスト紹介されるから。」


ふたりは笑い合った。


ロッカールームでは、シャワーを終えたキアラがタオル一枚で歩いていた。

体には温かな光が差し込み、香水の広告のように美しく、曲線が彫刻のように浮かび上がる。


その時、ラナが入ってくる。


「何してんのよ!?バカじゃないの?一応ここ、共用エリア!」


キアラはニヤリと笑った。


「それにしては、まだ見てるわね、司令官?」


ラナはドアをバタンと閉めた。

「この不遜な小娘が…!」


廊下では、スティーブンとタイズが並んで歩いていた。

一人は沈黙。もう一人は爆発寸前。


「掃除係だと…?」スティーブンがうめく。


「言ったのはロンドだけだ。ラナは関係ない。」


「関係あるさ。みんな、そう思ってる。

俺なんてただの……笑い者だ。」


「お前は笑い者じゃねぇ。ただのバカだ。違いはある。」


スティーブンは苦笑した。

「それ…お前にしては、褒め言葉か?」


少し沈黙。


「なあ、タイズ……俺ってもうダメか?

手遅れってやつか?」


「お前は撃ちすぎて、聞かなすぎる。それが問題だ。

あと、たまにはシャワーしろよ。」


「おい、前回どうなったか見たろ!

今もまだネプチューン臭してるんだぞ。」


ふたりは吹き出して笑った。


「まあ、キレたのは認める。

でも、お前はどうやって耐えてんの?全部の侮辱とかさ。」


「黙るだけさ。誰も見てないとき、腕立てしながらトイレで泣いてる。」


「はぁ!?マジかよ!」


「ウソだよ。

ただ、自分が何者かを分かってるだけ。それで充分。」


スティーブンは珍しく、黙っていた。


下層デッキでは、レオナルドがガラス張りのオフィスに近づいていた。


「ケイトリン?いるか?」


返事はない。椅子は完璧に整頓され、空っぽ。


テーブルには、一枚のメモが残されていた。


「ちょっと休憩ね、ダーリン♡ 怒んないで 💋」


レオナルドは鼻から息を吐いた。

「まったく…あいつ、女ってよりシットコムだな。」


――その頃、封鎖された武器庫にて。

ロンドは巨大な半透明のコンテナの前に立っていた。

中には――爆弾。


78TA。


反物質爆弾。違法。記録外。

全てを「消す」ためにだけ使う兵器。


ロンドは操作パネルを起動。画面が警告を出す。


「アクセス拒否。この兵器は制限されています。」


ロンドは微笑む。

「許可なんかいらん。必要なのは――時間だけだ。」


観測デッキでは、ラナが一人、広い窓越しにゲストロニオを見下ろしていた。


星は……静かだった。

静かすぎた。


彼女は眉をひそめた。

「静かすぎる…嫌な予感。」


そして、思い出す。


「進路変更よ。金星は偽装。

ゲストロニオには、何かがある。」


離陸前日――ロンドが彼女にだけ囁いた言葉。

彼女は理由を聞かなかった。でも今は…

腹の奥に冷たいものが走る。ただの恐怖ではない。好奇心すら混ざる冷気だった。


主モニターに表示される文字:ETA – ゲストロニオまであと3時間


艦内は一気に緊張感に包まれる。

キアラはライフルを点検し、アナはスーツを着込み、キンバリーは通信機を調整。

皆が動く――


スティーブンを除いて。

彼だけは、まだ「お菓子を取り上げられた子供の顔」をしていた。


「逮捕されるより、キアラのトイレ掃除する方がマシかもな…」


「心配するな。」タイズが言った。

「どうせ両方やることになる。」


艦がわずかに揺れ、赤いライトが点滅する。


「大気圏突入まで……3、2……」


轟音。

空中で体が引き裂かれるような感覚。

そして――静寂。


艦は、ゲストロニオの上空に到達した。


艦の深部。

ロンドは一人で立っていた。


星を見下ろしながら、低く呟く。


「スライムが逃げないなら……消すまでだ。」


――つづく。

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