5-3-3/4 33 五味学習塾

「……五味先生はどう思ったんですか? 輪奈さんがRNT02を生み出そうとしているのを知った時」

 少し棘のある言い方にはなったが、五味を責めるつもりはなかった。様々な視点からRNT02がどう見られているのか知りたかった。

 

「どう思った、か……。すごい執念だなとは思ったかな……」

「それ自体は同感です。でもその、止めさせようとかは……?」

 RNT02の存在は倫理的にも法的にも忌避される存在である。作製に当たって五味の個人的な葛藤は無かったのだろうか。

 それこそ五味自身に執念が無いと、成し得ないことだと思う。


「そうだねぇ……、状況が違えば止めたかもしれない」

「状況? 輪奈さんが輪太を失ったことですか? 可哀想だったからって」

「もちろんそれもある。だが、久世博士が話を持ちかけて来た時の状況のことだ。彼女は核心的なことを告げずに私を高度医療保存室へ引き入れたんだ」

「……RNT02が眠っている部屋ですね」

 それは舞とRNT02との邂逅の状況にもよく似ていると思った。

 引くに引けないところまで興味を持たせ、相手に選択を迫るのが輪奈のやり方なのだろうか。などと考えると、やはり嫌悪感が湧いてくる。

 

「その当時はまだRNT02と呼べる状態では無かったがね」

「と、言うと……?」

「心臓やら脳やら腕やら脚やら、培養液に浸った状態で生かされていたんだ」

「うぇ……」

 その光景を想像して気分が悪くなる。ましてやそれが父親だとは考えたくもない。

「ば、培養液ってすごいんですね……」

「そうだね。臓器培養技術の発展も、B3Pのもたらす成果に大きく貢献したと言えるかな」

 輪奈はB3Pによる功績は自分1人の力ではないことを強調していた。RNT02の作製を経て、その思想を確固たるものにしたのではないかと喜歩は感じた。

 

「その状態の物を見て、私は思ってしまったんだよ。医者として、懸命に生きようとしているその体のパーツたちを、あるべき場所に帰してやらねばならないってね」

「そういう、もの……、なんですか?」

「いや医者としてと言うと語弊があるかな。私のエゴがあった」

 エゴと言えば、舞と輪奈も使っていた言葉である。

 ことがことだけに、各々がどこかに自分勝手な動機を持ち、それを自覚していたようだ。

 

「昔読んだ医療漫画を思い出してたんだよ。その中で畸形嚢腫きけいのうしゅという病気を扱ったエピソードだったな。人の形になり切れなかった双子の片割れが、腫瘍として姉の体に引っ付いて20年ぐらい生きていたという設定だ。それを主人公の天才外科医が切り取って、1人の女の子に組み立ててしまうんだ」

「え、なんかそれって……?」

「そうだね、私のやったことはそれに近いと思う。あの漫画が無ければ、私も久世博士に協力しなかったんじゃないかと思ってる」

 漫画に憧れる気持ちは喜歩にも分かる。

 しかし命の関わる場面においても憧れの気持ちを持ち出して良いのだろうか。と、思ったものの、考えてみればRNT02の組み立てに失敗したところで、失うものはないのだ。そのままプロジェクトを闇に葬る口実にもなったかもしれない。

 しかしそうなってしまっていれば、今の喜歩も無かったのだと思うとぞっとする。自身の生い立ちについて恨むべきなのか感謝すべきなのか。渦巻く思いは複雑だった。

 

「……じゃあ、五味先生のエゴって何ですか?」

「その説明をするためには、漫画をもう少し引用する必要があるな。主人公が腫瘍を切り取ろうとしたシーンだが、腫瘍がテレパシーで主人公に叫ぶんだ。殺さないでくれって」

「なんか、急にファンタジーになりましたね……」

 喜歩の呟きに、五味はふふふと笑う。

「RNT02の前身、いや全身か? 彼らも私と出会った時に叫んでいたよ。自分を人間にしてくれって」

「……ほんとですか?」

 喜歩は片眉を上げて疑心の目を向ける。

「と、言うのは私がそう思いたかっただけだ。RNT02は自身の意思に関係なく、周りの存在によって生かされている」

 ひとまずRNT02は、喜歩の理解の及ぶ範疇の存在ではあるようだ。これ以上超自然的な現象を持ち出されてはたまったものでは無い。


「しかし今でも私は信じたい。RNT02に意識はあるが、それを表現する手段を持たないだけだ。本人は生きていたいはずなんだって」

「それは五味先生の……」

 エゴなんじゃないかという指摘など、本人も自覚していることである。

 

「五味先生は、RNT02を人間に仕立て上げようとしていたんですか?」

「ああ、それに関しては自信を持ってそうだと言えるよ。きっと久世博士もそう思っているに違いない」

「それはそうかもしれないけど……。アンチの人が怪物だって……。じゃあ僕は……?」

 母ですら無意識の内に、RNT02を人外だと見なしていたところがあった。そのため喜歩を人として愛していたという絶対的な確信が失われつつあった。

 

「喜歩くんは、怪物呼ばわりされてるんじゃないかって悩んでいるのかい?」

「……はい。怪物呼ばわりも嫌ですがそれ以上に、アンチの主張に少し納得出来てしまうことがもっと嫌なんです」

 その結果、嫌悪感が輪奈に向かっている。

「なるほど、納得出来てしまうか。確かに私のやったことはそもそも犯罪だ。アンチの方々の言葉も、行き過ぎたところがあるとは言え、的外れとも言い切れないのが辛いな」

「法的に僕は存在できないってことですよね? だから排除してもいいってこと? そんなんだったら俺だってあいつらをぶっ飛ばしてやりたい。それをしたって誰も俺のことを裁けないよ!」

 怪物を傷つけてはならない法律もなければ、怪物が誰かを傷つけてはならない法律もない。

 アンチB3Pとして活動するのならば、しっぺ返しを食らうリスクぐらい負うべきだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る