第二章
第38話 現在、魔王選定の儀1
ほんとは弱いと言い出せないままに二百年余りの時が過ぎ、遂には魔王に推薦されてしまった俺は、あれよあれよという間に大魔王様に拝謁していた。
「さて。それでは北の魔王選定の儀を始める。各々意見を述べるがよい」
大魔王様の言葉通り、これより始まるのは北の魔王選定の儀に他ならず。
「……」
俺は無言のままに、なんとしてでもレジエス兄上に魔王を押し付けるぞと意気込み、まずは大いに反対してくれるであろう弟、エルーグたちの出方を窺う。
「ふむ。その前に……」
が、まず最初に口を開いたのは南の魔王たる巨人ラドスルムだった。
「この場には相応しくない者が居るような気がするが?」
唯一の魔王直々たる参列者であるラドスルムは、組んでいた四本ある腕の内、上の二本の腕組みを解いて、右手で顎を撫でながら俺たちのほうを睥睨する。
相応しくない者って、もしかして俺のことかな? だとしたらありがたい!
その座っていても尚高い、文字通り高見からの視線を受けて、もしかするとラドスルムも俺の魔王就任に反対してくれるのかと、内心で大いに期待した俺。
「代理の代理、というのもそうだが。まさか出来損ないの姫君を寄越すとは」
しかしながら、標的にされていたのは俺ではなく、隣に居た西の一団だった……。
「それに。そもそも今の西に、果たして四大魔王を担う資格があるのかどうか……」
どうやらラドスルムは、魔王代理が名代を立てていることに止まらず、大きく力を落としている西側がこの場に参列していること、そのものに不満があるらしい。
実際、西側は人族領にもっとも近く、そして広く面しているがゆえに、まず一番に、それも大きな被害を出しており、その戦力は半分以下にまで落ちていたが。
「貴様! どの口がそれを言うか!」
だが、出来損ないの姫君と揶揄された、負傷をおして魔王代理を務めている先代魔王の、その孫娘の代わりに、側近の騎士が言い返した言葉が物語っている通り。
「領地に固く篭り、満足な援軍も送らなかった貴様らが!」
わざと満足な助勢を送らなかったラドスルムにだけは、言われたくないだろう。
「果敢に戦った我らを愚弄するなっ!」
そうなのだ。南の魔王領は、この大魔王城を冠する魔都エーゼルウィールが存在する東の魔王領とのその境に、高く険しい山脈が座しているその立地が幸いし。
南側を抜いても東には進軍できないからと、人族も力を入れて攻めてはおらず。
ゆえ被害らしい被害もなく防衛に努めることができており、それこそ大いに余力を残していながら、されど苦境に喘ぐ西側にまともな戦力を貸さなかったのだ!
ひとえにそれは、内紛に他ならず。
「いやなに。俺としても苦渋の決断ではあったのだ。なにせ援軍を派遣した結果、手薄になったところを責められては堪らぬからな。どうか許してくれまいか?」
だからこそ、白々しくもそうのたまったラドスルムは、小競り合いを度々するほどに折り合いの悪かった西側が、狙い通り凋落したことに口角を歪ませている。
「貴様――」
「まあなんにせよ、大魔王様が参列を許しているのだ。俺からはこれ以上言うまい」
そうして、何事かを言い返そうとした騎士の言葉を遮って話を締めくくったラドスルムは、今一度腕を組み直すと、後はご勝手にと言わんばかりに目を閉じた。
「……」
尚、一連のやりとりを黙って睥睨していた大魔王様は、アーシェから聞いたところによると、この後に及んで一丸となれない魔族を苦々しく思っているようだが。
「それで。候補に挙がっているのはフィーロとレジエスだが、意見はあるか?」
ともあれ、苦言を言ってどうにかなるのならば、今頃とっくにどうにかなっているので、大魔王様も特にラドスルムの言動を咎めることなく、議題を示し直した。
「大魔王陛下。ラーステア様がお着きです」
すると丁度そんなタイミングで、魔王になりたくない俺の耳に吉報が届けられる。
「ふむ。通すがよい」
「……遅れてしまい。申し訳ございません」
大魔王様の許可を得て、白銀の長髪を靡かせながら玉座の間へと入ってきた、二本の巻き角を持つ悪魔族のその女性魔族は、正しくラーステアその人であり。
「よい。丁度今し方、各々の意見を伺おうとしていたところだ」
「それは幸いです」
その俺的には頼もしい援軍は、エルーグたちの横に並び立つと、俺を睨み付けた。
「……それで。意見はあるか?」
正直、俺としては魔王の座を譲る気満々なので、そう睨まないで欲しいものだが。
「無論ございます!」
ともあれ期待通り、颯爽と声を上げてくれたラーステアに、俺は心中で喝采する。
「大魔王陛下もご存じの通り、我が北の魔王領の正統後継者は、昔よりレジエスと決まっておりました。そこに今さら異を唱えようなどと、承服しかねます!」
いいぞ! 頑張れラーステア! もっと言ってやってくれ!
「あら。正式に発表はされていなかったと記憶しているけれど、違ったかしら?」
例えアーシェが反論しようとも、もちろん俺はラーステアを応援する!
「だとしても内々には決まっており、周知の事実でもあった! そこに今さらのこのこと出来損ないが出てきたところで、そんなもの決して誰も認めんぞ!」
当然、ラーステアに続いて気炎を上げたエルーグもまた、応援する対象だ!
「少なくとも私たちは認めていますわ。だってなにより重要なのは強さなのだもの」
対して、結局重要なのは強さなのだからと、余裕の笑みを浮かべるアーシェ。
「……」
その強さが伴わない俺としては、無言のままに抗議の視線を送ってしまったが。
「だからきっとお兄様の強さを知ったら、それこそ大魔王様のように、お兄様こそが魔王に相応しいと納得して、認めてくれる者も多いのじゃないかしら?」
アーシェはそんな俺の目に気付くこともなく、大魔王様のようにと強調して、今さら何を言おうと無駄なのだと勝ち誇り、俺を絶望の淵へと追いやろうとする。
「ふざけるな! 絶対に認めんぞ!」
「ええその通りです! 如何に大魔王陛下がお認めになろうとも、こればっかりは認めるわけには参りません! 次代の魔王はレジエスこそが相応しいのです!」
ただ、それでも頼みの綱のラーステアたちのほうも、負けじと反論してくれて。
「……確かに。いくら大魔王様が認めようとも、古の盟約がある以上はそれぞれの領の意見こそが優先されるのが道理であろうし、殊更に威を借るのは関心せん」
更にはここで、なんとラドスルムまでもが参戦して、援護射撃をしてくれたが。
「しかし、より強き者が魔王に相応しいというのも、また道理であろう」
しかしすぐに手のひらを返して、今度はアーシェの肩を持つようなことを言い。
「だが。そこなフィーロという小僧には、本当にそれほどの実力があるのか?」
かと思えば、また今度は果たして俺に実力があるのかと、疑問をぶつけてくる。
「そも。西の姫君と同じで魔力適正欠陥の出来損ないと聞くが、本当にそれを克服しているのか? だとしたら是非とも魔力を開放して見せて欲しいものだ」
どうやら眉唾に思っているのか、あるいは実力を測っておきたい様子であった。
「ふむ、確かに。余も実際に確認したわけではないからな」
そして、実際にはよわよわな魔族である俺にとってはよくないほうへと話が進み。
「ならば丁度よい。フィーロよ。今ここでその実力を見せてみるがよい」
魔王様の一存で、魔力を解放して見せねばならない状況へと追い込まれてしまう。
「「「……」」」
集まる周囲の視線。当然だが、この状況でこの身に宿る魔力を開放しようものならば、それこそ一瞬の内によわよわな魔族であることが露呈してしまうだろう。
だが、俺はよわよわな魔族だとバレずにこの場を切り抜ける方法を持っていた。
というのも……。
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