第37話 幕間6
「魔王様っ!」「リザブロ様っ!」
「かはっ……」
ラステッドとミレスの魔将二人が悲痛な叫びを上げる中、胴体に深くバツ印の傷を刻まれ、口から血を吐きながら体を傾けていく魔王リザブロ。
「ん、くっ……」
しかしそれでも、魔王の矜持から寸前で足を踏み締め。
「はぁー、はぁー」
魔王リザブロはなんとか倒れることなく、荒い息で勇者五人を睨み付ける。
「はぁー、はぁ……」
ただ、そんな魔王リザブロはすでに理解してしまっている……。
「はぁー……」
最早ここまでだと…………。
生命力に優れる堕天使ならば、例えこれほどの重症であっても、今すぐに戦線を離脱して適切な処置を施しさえすれば、まだ十分に助かる見込みがあるが。
されど魔王リザブロの参戦と同時に転移魔法を封じる結界を戦場全体に張り、意地でも帰さぬという姿勢を見せている人族側が、それを見逃すわけもなく。
そのうえ、この状態ではもう時間稼ぎすらも、ままならないからである。
「しぶといな」
「だが、次で終わりだ!」
ゆえに魔王リザブロは、剣を構え直したカズキとユウトを見据えながら、できるだけ粘るつもりだったが、結局援軍は間に合わずかと、内心で独り言ち……。
「いや……」
しかしすぐに小さく否とこぼし、あるいはラーステアの差し金かと思い直す。
それは、すでに戦闘開始から数時間ほどが経過しているがゆえの推測であり、そして確かに援軍が到着しないのは、ラーステアの差し金に他ならなかった。
そろそろ世代交代をと考えていたラーステアは、あえて援軍を送らなかったのだ!
あるいはそれでも、息子レジエスの耳に入ってさえいれば援軍を派遣していたが。
しかし最前線を任されていたレジエスは、魔王リザブロの出撃とほぼ同時刻に攻めてきた人族を迎え撃つため、自ら戦場に立って指揮と武力を振るっており。
結果ラーステアはこれ幸いと、レジエスに魔王リザブロの窮地を伏せたのである。
「行くぞ皆!」
「おう!」「ええ!」「うん!」「はい!」
「この後に及んで……」
ユウトの音頭に応え、動き出そうとする勇者五人を前に、この後に及んでまで内紛とは、まったく持ってままならないものだと、目を閉じた魔王リザブロ。
ただそれも一瞬のことで、すぐに開いた魔王リザブロの瞳には覚悟が宿っていた。
「だが!」
そして次の瞬間!
「ただでは死なんっ!」
せめて一矢は報いると、魔王リザブロは残った魔力を全開放して、猛り吼える!
「せめてお前たちだけは道連れにしてやる!」
「「「っ!」」」
その魔力と言葉に怯み。
「不味い!」
次いでユウトが叫び、即座に反転して後衛の二人と合流しようとする前衛三人。
「くははははは! よく聞くがいい人族ども!」
一方で、魔王リザブロは生涯最期の大魔法を練り上げながら、高笑い嘲り叫び。
「例え我が滅びようとも……!」
徐々に光を強くする紫色の魔法陣の中で狂相を浮かべて、その最期を飾り立てる!
「我が息子フィーロが居る限り! 我ら魔族に負けはないと知れえっ!」
そうして続く瞬間に! 魔王リザブロは渾身の自爆魔法を炸裂させたっ!
「女神の守護を!」
前衛三人が後衛二人を庇い立ち、同時に半球状の結界魔法を張ったユカリ。
魔王リザブロを中心に炸裂した爆発は、地面を砕きながら瞬く間に勇者五人へと迫り、結界魔法ごと五人を飲み込んで尚も勢いを落とすことなく範囲を広げ。
その周囲で魔族たちを足止めしていた精鋭パーティたちのところにまで迫り。
「くっ……!」
「く、くそおー!」
「逃げ切れねえ!」
魔王リザブロの意図を悟り、勇者五人に同じく密集して防御態勢に入っていたパーティや、あるいは距離を取ろうとしていたパーティを次々に飲み込んでいく。
もちろん、飲み込まれているのは人族だけに止まらず、魔族もまた同じである。
「「「……!」」」
多くの魔族は単独か、あるいは近くの者と協力して障壁魔法を展開して身を守り。
「魔王さまあー!」
「潜りますよ!」
その中で唯一防御態勢を取ることもなく、悲痛な叫びを上げていた魔将ラステッドも、駆けつけた魔将ミレスの手によって、間一髪でその影の中へと沈み込んだ。
その後も、どんどんと拡大していく爆発の範囲。
「お父様……」
それは遂に離れた場所で戦っていたアーシェたちの寸前まで迫り、やっと止まる。
「「「……」」」
伴って発生した衝撃波に煽られる者も多々居る中で、自然と戦場に満ちる沈黙。
「くっ、無事か?」
「なんとかな」
「こっちも無事だよ」
煙が立ち込める爆心地で、安否確認をしたユウトと、それに答えたカズキとリコ。
「三人が守ってくれたから」
ユカリの結界魔法が途中で砕けてしまったため、身を挺して後衛二人を守っていたユウトたち三人は、全身にそこそこの火傷を負ってはいるものの無事であり。
「助かりました。すぐ治療しますね」
その怪我も、ユカリが三人に纏めて回復魔法をかけると、みるみると治っていく。
ただ、それは勇者たちが規格外だからであり、同じく規格外である現地の勇者や英雄などの、それこそ精鋭中の精鋭パーティの面々は爆発に耐え抜いていたが。
「おい! しっかりしろ!」
「目を開けろ! 死ぬな!」
されど補助として駆り出されていた精鋭には少し劣り、かつ爆発の震源に近かった者たちや、更に遠巻きに囲んでいた軍勢の中には、重症者や死者も出ていた。
「おのれえ! 人族ども! 許さんぞおー!」
一方、魔将ミレスに影に引き込まれていたことで無傷の魔将ラステッドを始めとした魔族側は、精鋭しか巻き込まれなかったので重傷者は居ても死者はいない。
個として突出している魔族側の優位性が、はっきりと結果に出たかたちだ。
「皆殺しにしてやる!」
「撤退です! この隙に撤退します! 重傷者の補助を!」
ただ、それでも魔王リザブロの死に憤る魔将ラステッドの横で、この混乱から人族が立ち直る前に撤退するのだと、魔将ミレスが魔法で声を拡散して指揮をする。
というのも、確かに魔王リザブロの自爆魔法は人族側のほうに多くの被害を与えたが、それでも勇者を始めとした精鋭パーティにはそこまでの被害が出ておらず。
そのうえ、長期戦を見越して交代要員を用意していた人族側には、まだ多くの精鋭パーティが予備戦力として控えており、依然として魔族側が不利だったからだ。
「撤退よ! 急ぎなさい!」
そのため、すぐさまに魔将ミレスに呼応したアーシェ。
「逃がすなー! 北の魔王リザブロが倒れた今、勝利は我らにあるっ! ここで一人でも多くの魔族を討ち取るのだー! 魔族を根絶やしにしろーっ!」
対して、人族側の将軍も対抗するように魔法で声を拡散し。
「……もういいから。ユカリはリコと共に重症者を頼む」
その声を聞いたユウトが、半ばだった治療をもう大丈夫だからと中断して、ユカリにはもっと重傷者の治療をして欲しいと、そう言って剣を強く握り直す。
「行こう二人とも、ここで一人でも多くの魔族を討ち取るんだ」
「おう!」「ええ!」
ユウトもまた、カズキとミサキと共に、追撃戦に参加するつもりなのだ。
「さあ! 命が惜しくない者からかかってこい!」
「ラステッド様! ですから撤退です!」
そんな中で、魔将ミレスの言葉に聞く耳持たぬと、魔将ラステッドが仁王立ち。
「よくも! よくも父上を!」
また別の場所では、ある種魔王リザブロが討たれる原因となったエルーグも猛る。
「どのみち殿は必要であろう」
「……」
そして結局、魔将ラステッドにもっともなことを言われて、諦めた魔将ミレス。
「ご武運を!」
「ああ! 後は頼む!」
結果として、魔族側はこの戦闘で北の魔王リザブロと、北の魔将随一のラステッドを失うこととなり、またしばらくの間エルーグの安否も不明となるのであった。
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