第4章 箱の中の胎児
駅前のアーケード街に、そのゲームセンターはあった。かつては、爆音と電子音、そして人々の歓声が渦巻いていたであろう場所。今はただ、電源の落ちた巨大な機械たちが、墓石のように整然と並んでいるだけだ。
「うわー、懐かしい! 私、このクレーンゲームにいくらつぎ込んだことか……」
璃子は、巨大なぬいぐるみがぎっしり詰まったUFOキャッチャーのガラスに額を押し付けた。中のぬいぐるみは、他の商品と同じように、硬質なプラスチックでできていた。
「取れたことあんの? それ」
「一回もない! だからこそ燃えるんじゃん!」
「なるほど。目的は手段を正当化しない、か」
江莉が、何かの格言めいたことを呟きながら、薄暗い店内を歩いていく。杏里は、入り口に一番近い格闘ゲームの筐体に、何となく腰を下ろした。画面は真っ黒で、レバーは冷たい。それでも、指をボタンの上に置くと、かつての感触が蘇るような気がした。ここで知らない誰かと対戦し、コンボを決めて勝ち、負けて、またコインを入れる。そんな、どうでもよくて、けれど確かに存在した熱。
「杏里ちゃん、何してんの? 暗いよー」
璃子が、ダンスゲームのステージの上から手を振っている。彼女はすでに音楽もないのに完璧なステップを踏み始めていた。その隣では、江莉がエアガンを構え、ゾンビを撃ち殺すシューティングゲームの画面を睨みつけている。
「……別に」
杏里は立ち上がり、二人がいる店の奥へと向かった。プリクラの機械が並ぶ一角。カーテンの閉まった個室が、まるで秘密の告白を待っているかのように、いくつも口を開けている。
「ねえ、プリクラ撮らない?」
「だから、電源が」
「いいじゃん、入るだけ! 中でなんか、ガールズトーク的なことしようよ」
璃子がそう言って、一つのブースのカーテンをめくった、その瞬間だった。
「うおっ!?」
中から、野太い、しかしどこか軽薄な声が響いた。同時に、カーテンが勢いよく開け放たれ、一人の男が転がり出てくる。派手な柄のシャツに、銀色のアクセサリー。眠そうな目をこすりながら、男は三人の顔を順番に見た。
「なんだよ、びっくりさせんなよ……。え、マジ? 人間?」
男は、城戸寛と名乗った。この世界に来てから、ずっとこのプリクラの個室で寝泊まりしていたらしい。
「だって、ここが一番落ち着くんだよ。狭いし、暗いし、なんかこう……胎内にいる感じ?」
「あんたみたいなデカい胎児、聞いたことないけど」
江莉が、腕を組んで城戸を上から下まで眺める。
「で、君らはどっから来たわけ? 俺以外にも生存者いたんだな。いやー、ラッキー。そろそろ独り言にも飽きてきたとこだったんだよ」
城戸は、人を食ったような笑みを浮かべた。
「とりあえず、自己紹介でもしない? 俺はキド。ビリーって呼んでくれてもいいぜ」
彼はそう言うと、璃子に向かって、パチンとウインクを飛ばした。璃子は一瞬ぽかんとしたが、すぐに「え、ウケる! よろしく、ビリー!」と笑い返した。
杏里は、ただ黙ってその光景を見ていた。また一人、この世界の不条理さをかき混ぜる、厄介で、少しだけ面白い人間が増えた。このゲームは、まだ当分、終わりそうにない。
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