第27話 推しとのクリスマスイブ②

「じゃあ食べよっか。音無くん」

「はい。頂きます」

「いただきます」


 唐突に思う。

 どうして目の前に静香さんがいて、一緒にクリスマスを過ごしているのかと。

 いや、現状の否定がしたいわけではない。

 だけど、これも全部夢だと言われたら信じてしまうだろうと思う。


 だって静香さんが料理を作ってくれて、一緒に食べて、そしてデザートのアイスケーキもあるのだ。

 幸せな家庭、では無いと思うが、それでも夢みたいなクリスマスイブだと思う。


 現実感がないんだろうな。

 だって僕は静香さんのファンでオタクだから。

 自己肯定感が低いと言われたらそうだろうし、大人とか子どもとか関係なく静香さんを口説いてそういう関係になってしまえはいいのにと思わなくもない。


 少なくともこの状況がラブコメアニメだったなら、それを観ている僕はそう思ったと思う。


「今日はちょっと奮発してシャンパンを買っちゃったからね。音無くんはシャンメリーだけど」

「シャンメリーって、要するに炭酸ジュースですよね」

「ふふん。音無くんは子どもだね」

「未成年ですからね」


 今日の静香さんはいつもより楽しそうだ。

 静香さんのことをまったく知らない人でも今の静香さんが笑っているのがわかるくらいには口元が緩んでいる。


 そんな静香さんは微笑みながらシャンパングラスに注いだグラスを手に持った。

 そして僕の方に向けた。

 それが乾杯の合図だと察して僕もシャンメリーを注いだグラスを手に持った。


「乾杯」

「メリークリスマス」


 乾杯の合図を終えて静香さんはシャンパンを上品に1口飲んだ。

 世間では「若者のお酒離れ」が進んでいるというが、静香さんにとっては関係ないのだろう。


 まあたぶん静香さんはベロンベロンになるほど飲まないタイプっぽいので助かる。

 無防備な状態になられたら僕は頑張って心頭滅却しなければならない。だって男の子ですから。


「空きっ腹にシャンパンが染みるぅ」

「空きっ腹にお酒入れたら酔いやすいと聞きますし、大変ですよ?」

「わたしが酔い潰れたら音無くんがきっとお姫様抱っこしてわたしの部屋に運んでくれるはず」

「うーん他力本願」


 いやまあ、もちろん喜んでお姫様抱っこしますよええ。

 推しをお姫様抱っこしていい権利とか命投げ出しても欲しいまである。


「それとも、音無くんも男になっちゃうかな?」

「……もう酔っ払ったんですか?」

「酔っちゃった、かも?」

「静香さんは僕をからかって遊ぶの好きですよね」


 まあ、好きな女の子にからかわれて満更でもない男子的な感情にはなってしまっているのでぐうの音も出ないのもたしかである。

 この時間は嫌いではない。


「ごめんね。迷惑だった?」

「まあ困りますけど、惚れた弱みと言いますか、迷惑じゃないから尚更困っているというか」


 よくネットで「顔が良いからなんでも許せる」と言っている女性の気持ちもわからなくはない。

 まあ静香さんの場合、顔がうんぬんかんぬんよりも惹き付ける何かがあるから許せてしまう。


 そしてそれを人は魅力的と言うのだろうから、つまりは「僕にとって魅力的だから許せてしまう」のだろう。


 でも悩むことはある。

 これはただの性欲なのか、それとも推しへの愛なのかと。


「ごめんね。つい君に甘えちゃうんだ。わたしのことを推してくれてる君に」


 そう言った静香さんは寂しそうにグラスを見つめていた。

 静香さんと過ごすようになってわかってくる。

 この顔は家族のことを思い出しているのだと。


「静香さんって意外に子供っぽいですよね」

「そうだね。子供っぽいっていうか、子どものまま成長できてないんだよ。止まってるんだ。時間が」


 静香さんは何を求めているのだろうか?

 僕にはわからない。

 もしも静香さんが求めているものが家族愛のようなものだったとしたら、僕もそれを知らない以上は求められたとしても与えようのないものだろうと思う。


 僕にとっては神様も龍も愛も見たことがない。

 だから答えようがない。


「ねぇ音無くん」

「なんですか?」

「今日だけ、甘えていい?」


 …………もしかして本当にガチで酔っ払っているのか?

 これはこれで凄く可愛いんだけどさ、なんていうか、あかんくない?!


 もしかして本当に誘惑されてる?!

 いや待て音無潤。相手は推しである静香さんだ。

 そんなことがあるわけが、というかあっていいはずがない。


 そもそももしも本当にそうだったとして、だ。

 そうだったとしても僕には責任を取る能力はない。法的に。

 未成年な自分に何が出来る?

 ましてや女性経験がないのに、無責任に責任を取るなんて言えるはずもない。

 ガキじゃないのだ。僕だって。


 推し活とは話が違う。

 一方的な推しへの愛だけで成立するものではない。

 ひとりで暮らしてきてバイトしてきたのだ。

 大人ほどじゃないけど、それでも少しくらいは社会の厳しさは知っている。


 そしてそれが簡単なことではないのも知っている。


「だめ……かな?」


 ちょ、ちょと静香さん?!

 なんで隣に座ってきたんですか?!

 なんかいつもより色っぽいし?!


 ヤバい……どうしたらいいんだ?

 どうする? 一発ギャグでもして場を和ませるか?!

 いや、持ちネタなんてないから無理だ。

 絶対滑る。


「ど、どうして僕なんですか? 静香さんなら、ちゃんとした人を捕まえることだってできるでしょう?!」


 苦し紛れにそんな言葉を紡いだ。

 動揺が酷い。心臓もうるさくて困る。


「……だってわたし、モテないし……」

「…………ん??」


 何を言ってるんだろうかこの人は?

 というか、静香さんってそんなに自己肯定感低かったっけ?

 まあでもたしかに結婚とかちょっと焦ってるみたいなことは聞いていたけれど、それでも静香さんなら本来は引く手数多なはずである。


「静香さんってモテますよね? 少なくとも顔が良いとかスタイルが良いとかで悪い虫くらいは寄ってくるはずじゃないですか?」

「ないけど? 告白されたこともないし」


 何言ってんの? みたいな顔でそう答える静香さんはたぶんホントに大真面目なのだろう。

 そんなことある?


 こんなに美人でミステリアスガールで告白されたことない女性とかおるん?

 そんな人が実在するならエイリアンも神様も幽霊もいると信じざるを得ない。


「そもそもメイド喫茶で働いてる時だって、音無くん以外にご主人様いないし。チェキ音無くんとしか撮ってもらったことないよ」


 ……言われてみればそうである。

 というか僕が通うようになってからは少なくともそうだったし、チェキも僕以外撮っている客を見たことはない。


 でもそれは静香さんが無愛想でたばこの匂いを纏ってるからだと思うけど、でもまったくモテないことは流石にないだろ?!


「まあ……静香さんがメイド喫茶で人気ない理由はわかるんですけど」

「……わたしだって、メイド喫茶で働き始めた最初は頑張ってチェキとか撮ってもらえるようにって接客とか笑顔とか頑張ったけど、怖いって言われて……」


 しゅんとする静香さん。

 お酒の影響もあってかいつもより表情筋の動きも滑らかではある。


「ちなみに、その笑顔って今できます?」

「できる、と思う」


 シャンパングラスをテーブルに置いて静香さんの言う「笑顔」を見てみた。

 ……うん、そうか。そうだね。うん。


「……たしかに怖いですね。怒っているように見えます」

「…………そっか」

「笑い慣れてなさすぎて無理やり広げた口とほっぺたがヒクヒクしてて『ムカついてるけど社会人だから仕方なく笑顔を取り繕ってる感』が出てますね」

「だって……どうやって笑ったらいいかわかんないし」


 今度はいじけだした静香さん。

 いじけながら僕の太ももを指先でツンツンするのやめてくださいくすぐったいです。


「僕をからかってる時とかは笑えてるんですけどね」

「それはだって、音無くんと話してて楽しいから」

「それはファン冥利に尽きますけども」


 それでも、静香さんを知らない赤の他人から見たら笑えてはいないように見えるだろう。


「わたしだってわかってるよ。感情表現がヘタなのは。だから恋人とかいないし、友だちだって少ないし、恋愛経験もないし」


 静香さんが、恋愛経験ない?!

 ……にわかには信じ難い。


「そ、それってつまり……」

「処女ですけどなにか?」


 酔いがかなり回っているのか、いじけながらもジト目で見つめられながら開き直られてしまった。


 ……そんなことある?ホンマに?

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