動詞少女よ、主語を取れ
「動詞少女 -The Verb-Girls Online-」——様々な日本語の動詞が擬人化されたオンラインゲーム。
〈知る〉、
〈囁く〉、
〈飾る〉、
〈流す〉、
〈紡ぐ〉、
〈揺らぐ〉、
そのような名を持つ美少女キャラクターたち。
俺はその運営スタッフの一人。
ゲーム業界で働くしがない会社員の一人。
単調な毎日。
長時間労働な毎日。
深夜のオフィスで仕事を終え、ふと見た自分のスマホ。
ニュースアプリのプッシュ通知。
「全国各地で体言が停止。すべてが体言止めと化した模様」
一瞬、理解を拒む俺の脳。
体言が停止? 理解不能。
次の瞬間思い起こされる、「動詞少女」のとあるイベントシナリオ。
——体言が静止する日。
それは俺も関わった、「動詞少女」の期間限定イベントのストーリー。
「動詞少女」たちに魔の手が迫り、文から述語が奪われ、すべてが体言止めになるという展開。
一体何事?
ゲームが現実に侵食?
恐怖を感じる俺。
すると背後から足音。
俺しかいないはずの深夜のオフィス。
ゆっくりと振り返ると、そこには一人の女性。
ただ立って、俺に視線を向けている彼女。
しかしその服装と髪型と瞳の色は、「動詞少女」に登場するキャラクター、〈彩る〉そのもの。
よく出来たコスプレイヤー? いや、微妙に生気のない顔。
別の言い方をすれば、そこに無いのは現実感。
「今起きているのは、まさに体言が静止する日。超自然的な力が世界を改変しようとしていて、その影響でゲームの内容が現実に侵入。私もその一端」
そう言った〈彩る〉。
すべては夢? 幻?
あるいは俺に何らかの異常が発生中?
「どうすればこの事態は解決可能?」
そう訊いてみた俺。
「私にも未知……。私はただ、ゲームのシナリオを担当したあなたに、体言の静止を伝えるためこうして出現」
そう答える彼女に、ひとまず椅子を勧める俺。
座る彼女。
もしこの場を誰かに見られでもしたら、部外者を会社へ勝手に入れたとして、俺が規則違反。
おそらく問題化。
「実は過去にも一度、体言の静止は発生済み。そのときは、世界の理を司る『逆さまの松明』、つまり『倒置されたトーチ』が動かされたことが原因」
そう説明する彼女の横顔に漂う、寂寥感。
現実に紛れた虚構ゆえの儚さ——ふとそんなことを考える俺。
「ゲームでは、動詞少女たちが主語を取り戻すことで体言の静止は解決」
そう言ってみる俺。
深夜オフィスの静寂。
ならばと立ち上がり、大きなホワイトボードを引いてきて、ペンを〈彩る〉に差し出す俺。
ためらいがちに受け取る彼女。
そして彼女もホワイトボードの前に立ち、書いてみた「私は〈彩る〉です」の一文。
すると数秒後、水が砂に吸い込まれるように、「です」の二文字が消失。
すべてが体言止めと化す——確かにそうだと思う俺。
直後、それを見て、あることに気づく俺。
ホワイトボード上で消えない〈彩る〉の文字。
なぜならそれは彼女の名前。人名。固有名詞。
しかし同時にそれは、色を付け鮮やかにするという意味を持つ動詞。
彼女は動詞少女。
試しにホワイトボードの
私は彩る——ホワイトボードに残るその一文。
深夜のオフィスに突如差す、橙色の光。
見るとうっすら金色に光る、〈彩る〉の体。
ゲームでアイテムなんかのリアリティを示す、わかりやすい演出。
「どうやらこれが解決の道。ここを出て、虚構と現実の混在を正常化」
そう呟く彼女。
彼女は動詞少女。
主語を取り、述語となることで、文を構成。
彼女だけではない——きっと今頃、虚構と現実の線引きを壊した何者かに、立ち向かう動詞少女たち。
動詞少女よ、主語を取れ——そう胸の内で叫ぶ俺。
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