第30話 すっぴんギャルと秘密の買い物

 スーパーの自動ドアを抜けて、母に頼まれた調味料の棚へ一直線。


 確かこれだったよな?母さんがよく使ってたやつは……。早く家に帰ろう。そう思って手を伸ばした、その瞬間——。


「——あっ」


 ほぼ同時に、横からも細い手が伸びてきた。指先が触れそうになって、反射的に手を引っ込める。


「どうぞ」

「……ありがと——」


 礼を言った、その声を聞いた瞬間、背筋がゾワッとした。聞き間違えようがない。耳に焼き付いた、あの声。


 ……つぐみ? でも、まさか。


 おそるおそる振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは、ジャージ姿、すっぴん、髪はゆるく後ろでまとめただけ。


 華やかさも派手さもない、学校や訓練で見てきた“篠宮つぐみ”とは別人のような少女だった。


「……つぐみ?」

「っ! み、見ないでっ!」


 まるで正体を見破られた怪盗みたいに、顔をそむけて背を向ける。そのまま早歩きでスーパーの出口へ。いや、早歩きのつもりなんだろうが、逃げ足は驚くほど遅い。


「待てって!」

「やだっ! 今日はやだぁ!」


 駐車場に出たあたりで、あっさり追いついた俺は、肩に手を置くつぐみはビクッとし、観念したように振り向いた。


「……そうだよ。篠宮つぐみ」

「やっぱりか」


 名前を口にすると、つぐみは視線を落とし、唇を噛む。さっきまで見せていた“逃げ腰”とは違う、どこか怯えた顔。


「……幻滅、したでしょ」

「なんで?」

「だって……いつもの私と、全然違うじゃん。化粧もしてないし、服だって……こんなダサいジャージ……」


 ぽつぽつと小声で吐き出すその声は、いつもの押しの強さや、男を  翻弄する余裕なんか微塵もなかった。

 

 代わりに滲んでいたのは、不安と自己嫌悪——そして、ほんの少しの諦めだった。


「……幻滅したでしょ」


 押し殺したような声。ギャル全開でグイグイ迫ってくる、あの篠宮つぐみの声じゃない。


 まるで、何かを諦めた人の声だ。


「いや、全然」

「だって、すっぴんだよ? ジャージだよ? 地味で……」


 俺はため息をつきながらも、言葉を選ばずにはっきりと言った。

 

「普通のつぐみも、可愛いよ」


 一瞬、つぐみの目が大きく見開かれた。驚きと、それをすぐ隠そうとする動き。

 

 でも隠しきれずに、口元がゆっくりと緩み——それは挑発的な笑みでも計算高い表情でもなく、照れくさそうな、どこか子供っぽい笑顔だった。


「……なんで、そんなこと言えるの?」

「なんでって……事実だから」


 沈黙が少しだけ流れた後、俺は前から気になっていたことを切り出す。

 

「でも、なんであんな派手な格好してるんだ?」


 つぐみは視線を逸らし、少しだけ唇を噛んだ。

 

「……だって、地味でつまんないって思われたくないから。普通にしてたら、選ばれないから」


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で点と点が繋がる。もしかして、彼女は過去に“地味”という理由で誰かに距離を置かれたことがあったんじゃないか。

 

「普通」のままじゃ、見てもらえなかった。だから、派手に飾って、存在をアピールするしかなかった……。だったら、俺がすべきことは決まっている。


「……地味でも、つぐみは可愛いよ」

「……え?」

「派手な服も似合ってるし、明るい雰囲気もつぐみらしくて魅力的だと思う。でも、今みたいにメイクしてなくても、飾らなくても、十分に可愛い。そういう自然なところも、ちゃんと魅力だから」

「……っ! い、今、それ……初めて言われた……」

 

 つぐみの頬がふわっと赤く染まっていく。その表情を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。

 

 次の瞬間、彼女は勢いよく抱きついてきた。


「ちょ……!つぐみ!」

 

 ジャージ越しでも分かる体温と、ほんの少し震えている肩の震えが、計算なんかじゃなくて本物の感情なんだと伝えてくる。


「地味な私でも……受け入れてくれる?」

「も……もちろん」


 短く、けれど確信を持って答えると、つぐみはさらに嬉しそうに笑った。

 

 さっきまでの影は少しだけ薄れていて、その笑顔は作り物じゃなかった。

 


 その後、買い物かごを片手に、つぐみと並んで調味料コーナーを歩く。いや、正確には「並んで」じゃない。「くっつかれて」だ。


「ねぇ、このガーリックソルトって、肉にも魚にもいけるんだよ~。一ノ瀬くんも試してみない?」

「お、おう……」


 完全に腕が密着している。訓練中は必死すぎて意識の半分はインカムに持っていかれていたけど、こうして普通のスーパーでやられると、周囲の視線がやばい。

 

 通りすがりの主婦サラリーマンが、あからさまに二度見していった。視線の先はもちろんこの密着っぷりでだ。


 それからもつぐみは会計を済ませて、店を出るまで、終始ぴったりくっついて離れなかった。

 

 まるで、「離したらどこか行っちゃいそうで怖い」とでも言いたげに。


「じゃあまた学校でね。誠司君」

「うん、また学校でな」


 スーパーの入り口で手を振って別れ、つぐみの背中が人混みに紛れていくのを見送った瞬間、ポケットのスマホが震える。

 

 画面を見ると「母さん」。通話ボタンを押すと、やけに急いだ声が飛び込んできた。


『あ、誠司? 花林が帰ってきたから、早く帰ってきなさい!』

「え、もう? わかった、すぐ帰る」


 レジ袋を持ち直し、俺は小走りで家路についた。


 ……今日の買い物、ただのスーパーのはずなのに、やけに疲れたな。

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