第10話 三人でダンジョン

 放課後。

 最後の授業が終わってすぐ。


「ふう。今日も疲れました。でもダンジョンに行かなくちゃいけないなあ」


 隣に座っているアルマが、僕に顔を向けるでもなく、会話か独り言か微妙な声量でそう言った。


 ……昨日も一昨日も一緒に潜っているのだから、素直に確認してくればいいのに。


「……僕もついていくよ」


「ん? ああ、ダンジョンですか? 別にかまいませんよ。そうしたいならそうしてください」


 アルマはさも自分は誘われた側であるかのように、大仰に頷いた。


 二人で教室を出ると、


「待ってたよ! エディ! アルマ!」


 制服姿で、髪も肌も小奇麗に整えたミミナが笑顔で立っていた。


 隣にはハイルマ先生。ミミナよりも小さい。ミミナの護衛と監視はとりあえず先生に任されることになったのだ


「二人は毎日ダンジョンに潜るんでしょ? あたしも連れてってよ!」


「行ってみたいらしくて……。私からもお願いします。エスティメイト君がいれば万が一もないでしょう?」


 うーん……。

 まあ一階層なら大丈夫か?


「分かりました。預かります」


「わたしがダンジョンの歩き方というものを教えてあげましょう」


「ありがとう、エディ、アルマ大好きっ!」


「廊下で抱きつかないでください……」


 といいつつ、口元が緩むのを抑えきれていないアルマであった。




 そしてダンジョン。


 アルマ、ミミナ、僕の順で進んでいく。


「放課後にみんなでダンジョン探索。ずっと憧れてたんだよっ」


 ――魔術師の特性は、手に持つ魔導器から推し量ることができる。指輪など小型の魔導器は補助的なものが多く、主力となるのはやはり杖のような大型魔導器だ。


 現代で最も一般的なのはハイネルン式魔導杖。扱いやすく携帯しやすい杖だ。アルマもこれ。属性魔術を主として戦うオーソドックスな戦闘スタイルである可能性が高い。


 魔術と近接戦闘武器のどちらをも操る場合、機動型魔術師、あるいは魔剣士などと呼ばれる。僕を分類するならこれだろう。僕の愛剣は剣であると同時に『刀身硬化』の魔導器でもあり、多くの機動型魔術師はそのような武器を持っている。


 そしてミミナは錫杖。

 それを持つのは――


「治癒魔術師なんだね」


「そうだよっ。あたしは適性が治癒に偏ってて、他はダメダメだけど治癒だけは昔から得意でさ。腕が切れても治してあげるよっ」


 人間の魔力にはいくつか型があり、治癒魔術はその中でも限られた型でしか発動しない。


 しかしその型は他の魔術には向かないので、治癒魔術師は治癒魔術以外はイマイチなことも多いのだ。


 得意魔術が特定の系統や属性に偏っているというのは珍しくもなんともない。治癒魔術師はそれが顕著というだけだ。


 ただ治癒魔術は非常に有用なので、他を使えずとも重宝される。


「心強いよ」


 まあ、スライムばかりだから怪我をすることはまずないが、安心といえば安心だ。


「お! さっそくスライムだよっ」


 一匹だ。

 跳ねながら近づいてくる。


「まずはわたしにお任せを」


 アルマがハイネルン式魔導杖を構え、


「――ぶべほっ」


 スライムを巻き込みながら魔術を暴発させた。僕はもはや見慣れてきた光景だ。しかしミミナは大慌てだ。


「アルマっ!? 大丈夫っ!?」


「……ご心配なく。自爆魔術の練習をしているだけなので」


 痛々しい見栄だった。


 顔からすっ転んだアルマは平然と立ち上がり、クールな所作で砂ぼこりを払う。


「魔術師はどんな状況にも対応できる術を身に着ける必要があります。敵組織に捕らえられ情報を抜かれる前に、一人でも多く道連れにして自決しなければいけない――そんなときに役に立つのが自爆魔術です」


 ぺらぺらとよく喋る。


 ぜんぶ嘘っぱちだが、ミミナの前だしつっこむのは辞めておいてあげよう。強がりたい気持ちも分からなくはない。


「暴発しただけだよね?」


 ミミナは普通に見抜いてた。


「ち、ちがいます」


「いいのいいの。あたしだってまだまだへっぽこだし、気にすることないよっ。一緒に頑張ろう!」


「あっ、はい、そうですね……」


 ミミナの元気まっすぐ朗らかエネルギーに、人付き合い苦手族のアルマがやられそうになっている。


「それよりアルマ、膝が……。治癒魔術かけるからじっとしててね。――ヒーリング!」


 ミミナの杖先から青白い光の粒子が溢れ出し、血が垂れていたアルマの膝へ染み入っていく。傷跡は綺麗に消え去っていた。


「ありがとうございます。なかなかの腕前ですね」


「ばっちこーい!」


 一年間のブランクがあるとはとても思えないほどの早く滑らかな処置。治癒魔術は得意という言葉に嘘はなかった。


「――さあ、来ましたよ。ここからが本番です。杖を構えてください」


 アルマが言った。

 ゴゴゴゴ、と地鳴りのような音。


「え? え? 何の音?」


「スライムだ。ちょっとごめんよ」


 僕は右腕にアルマを抱え込み、左腕にミミナを抱え込む。


「え? なんで抱き上げるの?」


 これが僕とアルマが編み出したスライム攻略法なのだ。


 機動力はあるが殲滅力はない僕がアルマを抱えてて逃げ回り、アルマは暴発で焼き払う。


 名付けて銃砲アルマ作戦。


 通路の奥を見据える。


 まるで赤い濁流が押し寄せてきているかのようなそれは、活性化したスライムの大群だ。


「舌を噛まないように!」


 僕は駆け出す。


 追いつかれないように、しかしアルマの自爆攻撃が届くように、適切な間合いを管理するのが僕の役目。


「――ぐはっ!」


 スライムたちとわずか数メートルという距離感で、アルマの魔術が炸裂する。しかし削れたのは一割程度か。


 もちろん僕とミミナも巻き添えだが、威力は低いので問題ない。


「うぇっ!? これスライムなの!? あたしの聞いてたスライムと全然違うよ!」


「喚いてないで、ミミナさんも魔術を撃ち込むのです!」


「む、むり! あたしは治癒魔術以外ぜんぜんダメなんだよっ!」


「――まずい、前からも音がするぞ! このままじゃ挟まれる!」


「ご安心を。一階層の地図は完璧に入っています。すぐ先に十字路があるので、右か左に逃げましょう」


 さすがアルマ。

 一年間一階層を歩き続けただけある。


 数秒で十字路に到着。


 前からも後ろからもスライムが押し寄せてきているが、僕に追いつける速度ではないと思ったら、左右からも迫っていた。


 十字路の中心にて、四方から押し寄せるスライムたちに押し潰され、僕たちは圧死した。


「………………」


 いや生きていた。


 例によって僕は奇跡的に無事だ。しかしアルマとミミナはそうではない。


 二人はスライムプールの中に首から下を取り込まれている。抜け出そうと必死にもがいているが、手足は粘性物質に沈み込むばかり。


「な、なにこれぇ!?」


「ミミナさん口を開けてはいけませゴボボボッ」


「バ、バカぁーーっ!」


 僕は慌てて剣を抜き、スライムたちを切り刻んで二人の救出に成功した。




「今日も大漁ですね」


 アルマが魔鉱石を拾い集める横で、ミミナがウサギのように縮こまっている。


「なにこれ……。スライムはダンジョンで最弱のモンスターのはずじゃ……」


「ミミナさんは初めてでしたか。ここのスライムは群れると変色して攻撃的になるのです」


「イナゴなのっ!?」


 昨日はこの『銃砲アルマ作戦』が上手くハマったので、今日もいけると思っていたが、四方向からの挟撃とは。


「どうしようアルマ。またああやって挟まれたらどうしようもない」


「ふむ……。なるべく逃げ道の多い場所で立ち回るしかありませんね。まあ、少しは許容しましょう。わたしとミミナさんがちょっと不快な思いをするだけです」


「かなり不快だったよ!? というかなんでエディは無事なの!?」



**



 その後も僕たちは三時間ほどの熱戦を繰り広げた後、地上に這い出てきた。


「ミミナ、君の取り分だ」


 僕はミミナに、魔鉱石を換金した代金の三分の一を詰めた小袋を渡した。


「でもあたし、一匹も倒してないのに、こんなに受け取れないよ」


「何言ってるんだ。いつもボロボロになってるアルマが今日はこんなに元気そうだ。効率も上がった。治癒魔術のおかげだよ」


「ええ、まあ、助かりました」


 アルマがそっぽを向きながら言った。


「こっちこそありがとう……。初めてのことばっかだったけど、楽しかったよっ。それにようやくアルマとお喋りできたし!」


「そうですね。わたしもシチューちゃんの声が聞けて良かったです」


 ミミナがへらりと相好を崩した。


「あたし、これから学年とかクラスとかどうなるか分からないけど、また二人とダンジョンに行ってもいいかな……?」


「好きにすればいいでしょう。来るもの拒まずがわたしの座右の銘です」


 むしろ来るものみんなに突っかかるのがアルマだが、一年間可愛がったウサギに対してはそうではないようだった。


「あるまぁっ!」


 胸に飛び込んできたミミナに、アルマは驚きながらもそっと頭を撫でた。照れ交じりだが優しげな笑みを浮かべている。


 アルマ、友だちができたね……。


 僕と目が合った。


「……こっち見ないでください」


「三人でいてそれは無理だよ」


「恥ずかしがり屋だねぇ、アルマは」


 ミミナは名残惜しそうに抱擁を解き、赤子のように純粋無垢な笑顔でアルマに尋ねる。


「ところでアルマはどうして暴発ばかりなの? それでよく入学できたねっ」


 アルマが一瞬で沸騰した。杖をミミナの頬にぐりぐり押し付けながら叫ぶ。


「かかってきなさい子ウサギ! もう話すことはありません、決闘ですッ!」


「お、おちつけアルマーっ!」

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