第6話


 桃の命の神力は千年間もの間、天陽に注がれ続けた。その結果、力を使い果たし桃の命は人型を保てなくなった。



「私のせいだな」



 天陽は膝をつく。消えかかっている桃の命の手の上にそっと手を重ねた。



「いいえ、それは違います。私は天陽様がお力をくださったあの日から、いつか恩返しをしたいと願っておりました。……差し出がましいとは存じますが、力を与えられたことは、天陽様をお救いするための天命だったと拝察いたします」



 優しく温かく穏やかな目で桃の命は天陽を見つめている。嘘偽りのない真っ直ぐな思いに天陽の目から涙が溢れ出す。



「天界でのことは風の噂で耳にしました。……どうか、天陽様のお心のままにお進みください」



 一際眩しくなった光に目を瞑り——開けると桃の命の姿は消えていた。そして美しく咲いていた桃の花や青々しい葉の色は全て色を失いハラハラと地面に落ちていく。


“お心のままに”その言葉が酷く胸に響いている。もしかしたら見透かされていたのかもしれない。


 千年もの間、私がいなくとも変わらずこの世界は回っていた。太陽が登っていたのだ。であるなら、もうそれでいいと思った。


 どうせ今の私は神力を持たない神。寿命がないだけの、人間と変わらない。何もできることはない。

 ただ、世界の秩序が守られているのであれば、もうそれでよかった。


 天陽は立ち上がり桃の木——御神木へと歩いていく。手を触れてそっと額をつけた。


 桃の命、いつかまた会おう。それまで名を借りるよ。


 願いを込めると御神木に背を向けた。天陽はすぐそばにある川辺まで近づくと大きい岩に腰を下ろす。



「さて、どうしたものか」



 身体は幼子。無一文。これからどうする。人間として生きていくには何もかもが足りない。



「あの、少しよろしいでしょうか」


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