<インガの正体>

 “黄金の鉄槌亭”はインガの定宿で、お気に入りの部屋があった。

 ジェマもここには誰も泊めない。

 だが、お気に入りだけではない理由がこの部屋にはあった。

 壁の一画にドアが“置かれて”いるのだ。

 四角いドアに花綱の装飾を施した白いドアの後ろはただの壁だ。

 だが、ミヤビが鍵を鍵穴に差し込むと、穴から光が差した。ドアを開けると、そこは大理石の床と白い柱、花鳥を品良くあしらった壁紙の部屋だった。

 中に紺色の長衣にエプロンを着けた侍女がいて、頭を下げる。

 「ご苦労様でございます、ミヤビ侍従長様。」

 「そちらも、ヴィオレッタさん。就業時間をとっくに過ぎているのに、引き留めてごめんなさい。タイムカードを押していってね、時間外手当はちゃんと出るから。」

 「ありがとうございます。では、」

 ヴィオレッタはジェマを手伝い、インガを天蓋付きのベッドに寝かせる。

 「エステラ神官長様。」

 ミヤビ、ヴィオレッタ、ジェマが見やった方に椅子に足を組んでいらつく女が一人。

 黒い長衣に銀の刺繍をあしらい、青い髪に銀色の宝冠を付けている。

 「ったく、時間外手当なら私も同じよ。酔っ払い女王の酒抜きとか、私の仕事じゃ無いわよ。」

 そして、杖を手に呪文を詠唱し、指で宙に魔方陣を描く。

 「水の精霊ネオーニンよ、来たれ!」

 まず、ヴィオレッタが悲鳴を上げるほどの水がインガに注がれ、ベッドも枕もびしょびしょになった。

 「ネオーニンよ、酒をくれてやろう。この女から好きなだけ吸い上げて去れ。」

 淡い青の精霊達がほわん、ほわん、と赤く変わる。インガの酒を吸いとっているのだ。

 「そろそろいいんじゃない?」

 エステラが言い、ジェマがピタピタとインガの頬を叩く。

 「ほら、いい加減起きな!なんかしらんがヤバいんだとさ!」

 「・・あによう。」

 ぼんやり返事を返すインガにミヤビが、

 「まだ酔っておられますか?エステラ様、もう一度水を浴びせて・・」

 「もういいわよ・・」インガは起き上がり、あくびをした。「で?何だって?」

 「緊急事態です、イングヴェイ女王陛下。」ミヤビは水晶玉を差し出した。「オルベイン王国のアレグザンダー国王陛下から通信が入っております。」

 インガ・・イングヴェイ女王は眉間にしわを寄せてヴィオレッタが差し出した水晶玉を手に取った。そこには茶色の髪とほおひげに意志の強そうな緑の目をした男が写っていた。

 「どうかした?」

 『そんな顔をするな。美人が台無しだ。』

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