魔女王イングヴェイの憂鬱

下藤じょあん

<仕事終わりの酒、たまらん>

 第6魔王国シェスティアは、このスパイカ大陸に生まれた第6代魔王イングヴェイが統治する魔人と魔獣の国である。

 20年前までは隣国の人間の国オルベイン王国と争っていたが停戦し、和平条約も結んでいる。

 近頃は互いを往来する貿易も軌道に乗り、ここミラは両国国境に一番近いハブ都市として、魔人と人間が共存し、賑わっていた。

 

 大通りの一画に“黄金の鉄槌亭”という宿屋兼居酒屋がある。

 宿代は少々高いが、酒と食事が美味しいのと女性だけでも安心して入れる雰囲気の良さで有名だった。

 今日も女が一人、カウンターでジョッキを片手に一人飲みしている。

 天上からいくつも吊されたカンテラの明かりに煌めく銀髪は腰まで伸び、それをざっくり一本結いにしている。前髪半分が垂れ落ちて、おそらくかなりの美人であろう色白の顔を半分隠している。片方だけで見える目は真っ青で、明かりの具合によっては銀色に近い淡い色になる。

 黒のシャツに革のジャケット、黒のズボンにごつい革のブーツという何の飾り気もない服装だが、引き締まった体の凹凸は隠れきっていない。

 目だつ容姿のせいでさっきから商人や冒険者がチラ見したり、ひそひそ話をしているのだが、話しかけようとする者がいないのは、彼女のそばに立てかけてある長剣のせいだろう。さやと肩に掛けるための皮ベルトはなかなか年季が入り、歴戦の使い込まれ感を漂わせている。

 「あ”あ”~~・・・」

 銀髪の女が重低音でため息を吐いた。

 「ったく、だるいわ~・・んっとに、だるいわ~・・ジェマ、リガ、もう一杯。」

 ジェマと呼ばれたのはこの店の女主人だ。

 身長2m、波打つ黒髪をバンダナでまとめ、こちらも黒のTシャツに黒革のズボンとブーツに料理をしているときも、ずっと黒い指無しグローブをしている。

 「いいけどさ、そろそろ帰んなくていいのかい?」

 「いいわよ。今日は働いた。うん、よく働いた。だからリガの1杯や5杯飲んだっていいのよ。」

 リガはアルコール度数30度ほどの、リガナという果物から作った蒸留酒である。

 「1杯から数が飛んでるじゃないか。」

 「あんた、書類がさ、サインしなきゃならない書類がさ、400枚あったらどう思う?」

 「腱鞘炎にでもなったのかい。」

 「他に陳情やら謁見やらでくっだらないお世辞を笑いながら聞くとか、どうよ。」

 「できるようになったのかい。あんたも大人になったねえ。ほら、リガだよ。これ飲んだら帰りな。」

 「やだ~」

 カウンターに突っ伏してだだをこねる女に、ジェマがため息をついていると、男が二人やってきた。服装から見て冒険者のようだが、下卑た笑いに下心が見え見えだ。

 「お姉さん、大丈夫か~?俺らが介抱してやるよ。さ、あっちの席にいこうぜ。」

 「は~ん?」

 顔を上げた女の腕にもう一人の男が手を掛ける。

 「悩み事があるなら聞いてやるからさ。行こうぜ?」

 はあ、とジェマはため息をついてカウンターの外へ出る。

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