第21話 “主役”じゃなくても、手放したくない気持ちだってある
文化祭が終わったあと。
夕焼けがにじむ校庭に、ぽつんと座っていたのは藤井渚だった。
その後ろから、スニーカーの音が近づく。
「ひとりでなに考えてるの?」
振り返ると、そこに立っていたのは、
3年の綿貫小凪だった。
「あ……綿貫さん」
「偶然。帰り道一緒になったから、ちょっと寄ってみただけ」
そう言って、彼女も隣に腰を下ろした。
しばらく沈黙があったあと、渚がぽつりと口を開いた。
「綿貫さんって……音無さんと昔から仲良いんですよね?」
「うん。幼なじみ。ま、付き合い長いだけだけど」
「……真悠と、音無さんって……特別ですよね」
小凪は少しだけ目を細めた。
「うん。あのふたりは、たぶん……お互いを“映し鏡”みたいに思ってる。
自分にないものが見えるから、憧れて、嫉妬して、でも一緒にいたい」
渚は俯いたまま、小さく息をついた。
「俺、最近……負けたのかもな、って思ってるんです」
「……何に?」
「真悠の気持ち。妃芽さんの存在。
どれも、俺には届いてない気がして」
小凪は少し笑った。
「負けたって言えるってことは、ちゃんと“戦ってた”ってことじゃん」
「……そう、ですかね」
「渚くん、ほんとは真悠のこと、ちゃんと好きなんでしょ?」
「……はい」
言葉にした瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「でも、俺がどれだけ頑張っても、
真悠の視線の先には、音無さんがいる気がして……」
「それって、“妃芽のせい”じゃなくて、“真悠が妃芽を選びそう”だからでしょ?」
渚はドキリとした。
「だからって、諦める必要はないよ。
妃芽だって、ずっと“誰かに譲ってきた側”なんだから」
「……それ、音無さん本人から聞いたんですか?」
「うん。ついこの前、音楽室で」
少し風が吹いて、校庭の砂が小さく舞った。
「真悠は、自分の本音を言わないけど……
きっと、誰かが“それでも傍にいてくれたこと”を、ちゃんと覚えてる子だよ」
「……じゃあ、俺はどうすればいいんですかね」
「そばにいればいいよ。
ただし、“奪う”つもりじゃなく、“照らす”つもりでね」
渚は、その言葉をしばらく咀嚼して、
小さく笑った。
「……綿貫さんって、怖いくらい刺さること言いますね」
「言われ慣れてる」
そう返した彼女の笑顔は、どこか優しかった。
ふたりは、夕焼けの空の下で、
もう少しだけそこに座っていた。
静かで、でもそれぞれの心に何かが宿るような時間だった。
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