第一話 一歳の誕生日パーティ

今日という日がどれほど「特別」なのか、赤ん坊の俺にも嫌というほど伝わってきた。

理由は簡単だ。朝から屋敷中が浮き足立っている。使用人は駆け回り、メイドは花を運び、料理人たちは巨大な厨房でご馳走の準備に追われている。


そしてその主役は――この俺、レオン・ヴァルデリウス。


「おめでとうございます、レオン様! 一歳のお誕生日、お慶び申し上げます!」

「今日のために、王都から特注のケーキも取り寄せております。ミルク風味の柔らかい仕上げに……」

「ベビードレスも特注品でございますよ! 殿下もお喜びになられるかと!」


うるさい。

まだ言葉も話せない赤ん坊なんだから、もう少し静かにしてくれ。

内心そう思いながらも、俺は笑顔を作って手を振った。赤ん坊スマイルは、貴族の赤子としての基本スキルである。



宴の時間が近づくと、屋敷の庭園が“貴族仕様”に変わっていった。絨毯が敷かれ、天幕が張られ、白銀の食器と飾り付けが豪華に並べられていく。

招かれたのは、王都でも名の知れた名門たち。父の政敵や同盟者、母の旧友など、厳選された面子が一堂に会す。


「将来の婚約先にふさわしい令嬢が来るかもしれないわね」

「おや、レオン坊ちゃまは、どなたがお気に召すかな?」


そんな声が飛び交うたびに、俺の眉がわずかに動いた。


まだ一歳だぞ。婚約だの政略だの、ちょっと早すぎじゃないか?

……いや、これが貴族社会ってもんなのか。赤ん坊にも休息は許されないのか。


俺はふと思い出す。

この世界には魔法や騎士団があり、貴族は民衆より上に立ち、政治や戦争にも深く関わっている。

レオンの父――ギルベルト・ヴァルデリウスは、王国三大公爵の一人で、軍の最高司令官でもあるらしい。

つまり、俺は将来、戦場に出る可能性もあるということだ。


「おぎゃ……(やれやれ)」


俺はため息の代わりに、それらしく泣き声を上げた。メイドがすぐさま飛んできてあやしてくれる。



宴の始まりを告げる鐘が鳴ると、貴族たちが整然と列を作って入場してきた。

父は堂々たる姿でその中心に立ち、俺を抱き上げて皆の前に見せた。


「これが、我がヴァルデリウス家の未来――レオンである!」


拍手と歓声がわき起こる。

生まれて初めて浴びる「歓声」は、どこかむず痒かった。

けれど、この時の俺はまだ知らなかった。


――この中に、後に俺が潰すべき「成り上がりども」が、何人も紛れ込んでいたことを。


その名前も顔も、この時点では覚えていない。

だが、俺が奴らを敵と見定め、冷酷に処理する日が、そう遠くない未来に訪れるとは――この頃の俺には知る由もなかった。

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