ハコブネ堂 〜キミの願いを届けます

ソコニ

第1話『禁断の黒い荷物』



 夕暮れの路地裏で、ヒバルは立ち止まった。

 古びた看板に「ハコブネ堂」の文字。なぜか、その文字がぼんやりと光っているように見える。

「……なんだろう、この店」

 十一歳の少年は、引き寄せられるように重い扉を押した。


 カランカラン。

 

 錆びた鈴の音が響く。店内は薄暗く、天井まで届く棚には無数の荷物が並んでいた。大きいもの、小さいもの、形も色もバラバラ。でも、どれも何か特別な雰囲気を放っている。

「いらっしゃい」

 カウンターの奥から声がした。

 振り向くと、そこには不思議な人物が立っていた。黒いマントに身を包み、右目が——時計の文字盤になっている。

「君は……ヒバル君だね」

「え? なんで僕の名前を」

 店主と思われる人物は、八重歯を見せてニヤリと笑った。

「時間が教えてくれるのさ。僕の名前はヨル。この店の、まあ、管理人みたいなものかな」


 ヒバルは身構えた。この人、普通じゃない。

「あの、僕、帰ります」

「待ちなよ」

 ヨルが指を鳴らすと、店の扉がガチャリと音を立てて閉まった。

「君には、ちょっとした運命があってね。ほら、あそこを見てごらん」


 ヨルが指差した先、一番奥の棚に真っ黒な箱があった。他の荷物とは明らかに違う。赤い封印がされていて、まるで何かを閉じ込めているみたいだ。

「あれは……」

「触っちゃダメだよ」

 ヨルの声が急に真剣になった。

「あれは『禁断の荷物』。誰にも届けてはいけない、特別なものさ」


 でも、ヒバルの足は勝手に動いていた。

 黒い箱に向かって、一歩、また一歩。

「おいおい、聞いてる?」

 ヨルの声が遠くに聞こえる。ヒバルの頭の中で、何かがささやいていた。


 ——開けて。

 ——君なら、開けられる。


「だめだ!」

 ヒバルは首を振った。でも、手はもう箱に伸びていて——


 パチン。


 指先が箱に触れた瞬間、激しい衝撃が走った。

「うわぁっ!」

 ヒバルは吹き飛ばされ、床に転がった。頭の中に、バラバラの映像が流れ込んでくる。


 知らない場所。

 知らない人。

 でも、なぜか懐かしい。

 そして——泣いている自分の姿。


「やれやれ」

 ヨルがため息をついた。

「言ったのに。君は禁断の荷物に触れてしまった」

「これ、何なんですか!」

 ヒバルは震えながら立ち上がった。頭がズキズキする。

「君の過去さ」

 ヨルの時計の目が、カチカチと音を立てた。

「封印された記憶。君が忘れたがっていた、大切な何か」


 ヒバルは黒い箱を見つめた。さっきまで固く閉じていた蓋が、少しだけ開いている。中から微かな光が漏れていた。

「僕の……過去?」

「そう。でも今の君には重すぎる。だから封印されていたんだ」


 店内の空気が変わった。棚の荷物たちがざわめき始める。まるで生きているみたいに。

「さて、困ったね」

 ヨルが頭をかいた。

「禁断の荷物に触れた者は、この店と契約を結ばなければならない。それがルールなんだ」

「契約?」

「配達人になってもらう」


 ヒバルは息を呑んだ。

「配達人って……」

「この店の荷物を、必要としている人に届ける仕事さ。簡単でしょ?」

 全然簡単じゃない、とヒバルは思った。

「断ったら?」

「君の記憶が暴走する」

 ヨルの声は静かだった。

「さっき見たでしょ? あれがもっと激しくなる。耐えられないよ、きっと」


 ヒバルは拳を握りしめた。

 なんで僕が。

 なんでこんなことに。

 でも——あの映像の中の自分は、何を泣いていたんだろう。


「……わかりました」

 ヒバルは顔を上げた。

「配達人になります。でも、条件があります」

「ほう?」

「いつか、この黒い箱の中身を全部見せてください。僕の過去を、全部」


 ヨルは楽しそうに笑った。

「いいよ。君が一人前の配達人になったらね」

 そう言って、ヨルは配達袋を差し出した。見た目は普通の茶色い革袋だけど、持った瞬間、不思議な重みを感じた。

「これが君の相棒。大切にしなよ」


 カランカラン。

 

 いつの間にか、店の扉が開いていた。

「明日から仕事だ。放課後、ここに来るんだよ」

「……はい」

 ヒバルが店を出ようとした時、ヨルが付け加えた。

「ああ、そうそう。配達には期限があるからね。失敗したら——」

 振り返ると、ヨルの時計の目が逆回転していた。

「取り返しがつかないことになる」


 外に出ると、もう夜だった。

 さっきまで夕方だったはずなのに。

 ヒバルは配達袋を抱えて、家路を急いだ。背中に、ヨルの視線を感じながら。


 その夜、ヒバルは夢を見た。

 黒い箱の中から、誰かが呼んでいる夢を。

 

 ——早く思い出して。

 ——君が忘れた、大切な人のことを。


 朝になって目が覚めても、その声は耳に残っていた。

 学校に行く準備をしながら、ヒバルは配達袋を見つめた。昨日のことは夢じゃない。本当に、配達人になってしまったんだ。


 教室で友達と話していても、授業を受けていても、頭の中はハコブネ堂のことでいっぱいだった。

 あの黒い箱には、何が入っているんだろう。

 僕は何を忘れているんだろう。

 そして——これから、どんな荷物を配達することになるんだろう。


 放課後のチャイムが鳴った。

 ヒバルは配達袋を肩にかけて、教室を飛び出した。みんなが部活や塾に向かう中、一人だけ違う道を行く。

 路地裏のハコブネ堂に向かって。


 扉を開けると、ヨルが待っていた。

「時間通りだね。感心、感心」

 そして、一つの荷物を差し出した。

「今日の配達物はこれ。撮った瞬間の感情を永遠に保存する、特別なカメラさ」

 

 古いフィルムカメラだった。でも、ただのカメラじゃない。持った瞬間、温かいような、切ないような、不思議な感覚が手に伝わってきた。

「届け先は?」

「荷物が教えてくれるよ」

 ヨルはいたずらっぽく笑った。

「じゃあ、行ってらっしゃい。初仕事、がんばってね」


 ヒバルは配達袋にカメラを入れて、店を出た。

 すると不思議なことに、足が勝手に動き始めた。まるで見えない糸に引っ張られるように、ある方向へ向かっていく。

 

 配達人ヒバルの、最初の仕事が始まった。

 でも彼はまだ知らない。

 このカメラを届ける相手が、とても切ない願いを抱えた少女だということを。

 そして、配達人の仕事が、ただ荷物を運ぶだけじゃないということを。


 夕日に染まる街を、ヒバルは走っていく。

 配達袋の中で、カメラがかすかに震えていた。

 まるで、早く届けてほしいと言っているみたいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る