第38話 ギリギリですよおお、ギリギリ

 意識を取り戻した男に話を聞きたいところだったが、はやる気持ちを抑え彼の体の状態を確かめることを優先させた。

 怪我はなさそうなのだけど、急を要する事態になっていないか口頭で確認するだけでもやっておくべきと思ってね。医者じゃないし、医療知識も全くないのでできることはあまりないのだけど……怪我の治療くらいならできる。

「フェイオーに飲み込まれ、その後、気が付いたら今でした」

「頭が痛むとかありませんか?」

「多少は……強く打ってはいないと思います」

「念のため、これを飲んでおいてください」

 回復ポーションを男に手渡し、飲んでもらった。ゲーム的には多少のヒットポイントを回復させるものなのだが、骨折や脳内出血に効果があるのかは不明。

 何もしないよりはマシかなとは思う。

「何から何までありがとうございます。助けていただいてお願いばかりで申し訳ありません」

 そう前置きした男は眉をひそめ、すがりつくようにして尋ねてくる。

「ここはどこでしょうか? フェイオーの中にしては洞窟の中のような」

「俺もどこなのかまだ分かってません」

「そ、そうですか……あなたもフェイオーに飲み込まれた人なのですか……?」

「そうです。ある子供の父親を捜しにフェイオーに飛び込んだんですが、まだ来たばかりでここがどこやらです」

 子供という言葉に男はぐわっと俺の肩を掴み、悲鳴のように叫ぶ。

「子供……ハジのことでしょうか!」

「は、はい。まさか、ハジのお父さん?」

「そうです! ハジは無事ですか!?」

「安心してください。ハジは安全なところにいます。彼に頼まれもしかしたらあなたがいるかもとフェイオーに飛び込んだんです」

 脱力した男は、突然申し訳ない、と謝罪し、ほっとしたように胸に手を当てた。

「ハジのこと、ありがとうございます!」

「いえ、ハジも同じでしたよ」

 本当に幸運だったぜ。まさか即ハジの父と出会うことができたなんてな。

 一体どこに飛ばされたのか確認したい気持ちが強いが、まずはハジの元へ父親を送り届けないと。この場所を登録しておけばゲートで転移してこれるからな、焦りは禁物だぜ。

「ハジのお父さん、魔法のこと、他言無用でお願いします」

「え? 魔法?」

 何を言われているのか合点がいかない様子のハジの父にやはりゲートの魔法って珍しいんだな、と思い知る。

 大っぴらにゲートの魔法を使えます、って噂が広がるのはやはり避けた方がいい。つっても、手配書とかが出回るわけでもないから、彼が言って回ったとしても俺に辿り着く可能性は非常に低い。それでも、口を塞いでもらっていた方がいいに決まっている。

「実は俺、転移の魔法を使うことができるんです。ですが、転移の魔法を使うことのできる人はとても少なくて……」

「も、もちろんです! 恩人に仇で返すようなことは決していたしません!」

 一応お願いしておいたぞ。

 ま、言わなくても彼が俺のことを吹聴したりはしなさそうだけど、念には念をだよ。

「砂上船に戻りましょう」

 くるりと手首を返し、魔法陣を出現させる。

 続いて、ゲートの魔法を発動させると、扉が出現した。扉は移動先にも出てくるから、無事ハジの乗る砂上船に繋がったってわけだ。

 もし、障害物があると扉は出てこない。

「この扉が伝説の転移の扉なのですか?」

「はい、ゲートの魔法です」

「行先は砂上船ですよね? 砂上船は動いていても平気なのですか?」

「移動先が動いていても大丈夫です。船の甲板に扉が出るようにしているので」

 ハジの父親の疑問ももっともだよな。見知らぬ突然出現した扉をくぐるとなると不安にもなる。

 ましてや、移動先が動いている船なんだ。ゲートのことを知らなきゃ、砂海の上に落ちてそのままズブズブ沈みやしないかと恐れを抱く。

 ゲートの仕組みを知っている人なら、そんな不安は一発で吹き飛ぶ。

 ゲートの転移先は事前に登録しておいた地点となる。この登録行為は一定以上の広さを持った固体の上になるんだ。

 家の床であったり、岩肌であったり、甲板……などなどになる。ただし、生物の上はダメという制約があったはず。巨大鳥の背中とかは登録不可ってわけだな。

 ダメな場合は登録しようとしても登録できないから、その時点で分かる。

 移動する船や飛行船の床にゲートの登録をすると、移動中だろうが転移可能なんだよね。

 便利な反面、注意しなきゃならないこともある。たとえば、船が転覆して沈もうとしていても登録した甲板が無事ならば扉は出現するのだ。

 ま、今回の場合はアーニーもついているし砂上船に問題はないだろ。

「術者が扉をくぐると、扉が消えてしまいますので先に行ってください」

「何から何までありがとうございます!」

 

 ◇◇◇

 

 ゲートの扉を出るや否やアーニーが飛びついてきた。余りの勢いに体が傾くも目の端に抱擁するハジ父子の姿が見えて一安心する。

「ア、アーニー、どうした?」

「ギリギリですよおお、ギリギリですううう」

「う、うおおお、俺に飛びついている場合じゃねえ! は、はやく。ゲート、ゲート!」

「もう出してます! ハジくん、その扉をくぐってえ!」

 ハッなったハジ父子は急ぎアーニーが出したゲートの扉をくぐって転移していった。

 も、もう幾ばくの時間も残されてねええ!

 何かって? 呑気に俺に飛びついている場合じゃあないんだよ!

 大顎が砂上に出て、こちらに向けダイブをしようとしている。あと数秒もしないうちに大顎の体が砂上船に衝突してしまう。

 アーニーを抱きかかえ、開いたままのゲートの扉に逃げ込む。

 メキメキと扉がきしむ音がしたが、転がり込むようにして扉の向こうに逃げおおせた。

「はあ、はあ……ヤバすぎだろ」

「無事だったから良しです!」

 良し、じゃないってば……。ハジの父親が俺の出したゲートの扉から出てきたから、俺を待っていてくれたのだろうけど、ギリギリにもほどがあるぜ。

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