第37話 大顎

 残念ながら、俯瞰マップに頼っていた俺には索敵能力がほぼない。俯瞰マップが見えていれば、大顎の表示名と共に奴がいまどこにいるのか砂海深くにいようとも捕捉できるのだ。とてもゲーム的な機能だけど、無くなってみてどれだけ俯瞰マップに頼っていたのか分かる。

 無いものねだりをしても仕方ないので気持ちを切り替え、イルカの首元をなでなでして気持ちを落ち着けた。

「アーニーの情報によると、たぶんこの辺……まさに真下にいるはず」

「きゅいー」

 ん、砂イルカが首をあげてパカパカと口を開いて何かを訴えている。

 次の瞬間、髪の毛を掠めるようにして砂の壁が舞い上がった! こいつは大顎で間違いない!

 ザザザザザ! ドバアアア!

 高波ならぬ砂波の高さは数十メートルもある。そして、視界が真っ暗に。

「ま、まずい、口を開けて出てきやがったのか」

 砂海が物凄い勢いで吸引され、波となり、大海の中の小舟となった俺にあがらうこともできず、そのまま流れに身を任せることに……。

 そうはいっても何もしないわけじゃあない、手には魔法陣を出し、すぐにでも転移ができるように準備をしている。転移魔法はゲートではなく、本人とペットのみを転移させることができるゲートの下位にあたる古代魔法だ。ゲートの魔法は出現した扉を開けて転移するのだが、下位にあたるエアリアルボヤージは扉を開けるといった作業はなく、発動した瞬間に転移する。こういった切羽詰まった状況ではゲートよりエアリアルボヤージの方が向いている。そうそう、覚えているだろうか? この世界に来た頃にホームで出会った精霊魔法を使うエルフィーのことを。彼女は精霊魔法のエアリアルコールを使うことができるって言っていた。エアリアルコールはエアエリアルボヤージと異なり、術者本人しか転移することができない。ペットを連れていた場合、ペットはその場に放置となってしまうんだよね。だったらエアリアルコールって完全に死に魔法じゃないか、と思うだろ。その辺はうまくできていてさ。

 エアリアルコールは「発動予約」をすることができるのがエアエリアルボヤージやゲートにない大きな特徴になる。「発動予約」なんじゃそらって? エアリアルボヤージもゲートも魔法を詠唱し発動したら即効果を発揮するよね。一方エアリアルコールは魔法を唱えて、発動した後、任意のタイミングで効果を発揮することができるのだ。エアエリアルボヤージより、更に緊急時の発動に向いているのがエアエリアルコールてわけさ。何しろ魔法詠唱も省くことができるのだから。

 ゴクン、と音が鳴った気がした。

 まとわりついていた砂の圧迫感がなくなり、ドサッと投げ出されたのだ。

「イルカ、無事か?」

「きゅい」

 真っ暗なので、今砂海の上にいるのかさえも分からん。

 大顎に飲み込まれたことは確実で、飲み込まれたとなれば他の場所へ転移したか大顎の腹の中のどっちかになる。

「イルカもうちょっとだけそのまま我慢してくれ、魔法陣よ、力を示せ。ナイトサイト」

 俺一人なので、光を照らすライトの魔法より、暗視能力を付与するナイトサイトの方がよいと判断した。

 ナイトサイトの効果で周囲の様子が日の下のようにハッキリと見える。

 岩肌のような地面にいることが分かったので、イルカから降り、彼に大きな怪我がないか確かめる。

 うん、問題ない。

「ここじゃあ、イルカが動けないよな」

「きゅいきゅい」

 俺は行けるぜ、と威勢よく鳴くイルカのお腹をなでなでして労う。

 その場でゲートを出し、イルカには跳ねてもらって扉をくぐり厩舎にINしていただいた。厩舎に入っている状態ならいつでも呼び出すことができるからね。

 せっかく厩舎まで戻ったので、おニューのペットを連れてきたぞ。

 真っ暗闇なので夜目がきいて、俯瞰マップがないから探索能力に優れ、機動力のあるペットにしたのだ。

 機動力といえば鳥、空を飛べる。探索能力といえば鳥、空から見下ろすことができる。そして、夜目といえば夜になると目を光らせ獲物を刈り取るアイツだ。

「頼んだぜ、フクロウ」

「グゲエエ」

「その鳴き声、かわいくねえ」

「グゲゲ」

 腕をあげ、握りこぶしを作るとその上に大型のフクロウが舞い降りる。

「周辺を探索して来て欲しい。何かいたら報告たのむ」

「グゲエエ」

 汚い鳴き声をあげて飛び立ったフクロウはぐるぐると飛び回り、戻ってきた。早すぎろ。まだ飛び立ってから1分も経ってないぞ。

「グゲ、グゲ」

「何か発見したの?」

 どうやら発見したらしい。首を前後にゆすって見っけたぜ、をアピールしている。

「案内してもらえるかな?」

 肩に乗っていたフクロウが飛び降り、よたよたと歩き始めた。え、ええと、こういう時って飛んで案内するんじゃあないのかな?

 ま、まあいいや。

 ナイトサイトのおかげで視界は良好、遠くまで見渡すことができる。ここが大顎の胃の中なのか、別の場所なのかはまだ特定できていない。

 地面はゴツゴツした岩で起伏に富み、遠くまで見えるのだけど高低差のため何かがいたとしても発見は困難なんだよな。

 そこでフクロウである。彼なら空から見下ろすことができるから、高低差などなんのそのだ。

 フクロウについていくこと、数分で彼の歩みが止まる。

 ふんふんとクチバシでこの先の窪みを指し示していた。

「この先に何かいるのね」

「グゲ」

 恐る恐る窪地を覗き込んでみたら、ぐったりとした人間の男が倒れているではないか。

 年のころは30後半ってところ、もしかしたらハジの父親かもしれん。

「こんにちは」

 声をかけてみるも、男からの反応はない。近寄って彼を揺すってみたら、くぐもった声が漏れ出た。

 よかった。これならまだ何とかなりそうだ。

 水袋を彼の口にあてちょろちょろと流してみる。

「う、こ、ここは?」

「まずは水を飲んでください」

「あ、ありがとう」

 体を起こした男は勢いよく水を飲む。いやあ、この人が無事でよかった。血は流れておらず、大怪我を負っているようにも見えないし。 

 

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