第2話 店に誰かいる

 階下に向かう階段の途中で気が付く。夢か幻かと思っていた気持ちが強く、声がしたから行ってみようと安易に動いてしまっていた。

 とまあ、不用意にドスドスと階段を下りているので、きっと階下のお客さんにも気が付かれている。

 ゲームと同じなら、カウンター奥は俺と売り子しか入ることができない仕様だから安全なはず。ゲームと同じなら、な。

 それにお店なのだから、お客さんが来ているのは自然だ。強盗じゃなきゃいいけど……。

「俺が行かずとも売り子が対応してくれるか」

 売り子の後ろからこっそり観察すりゃいいべ。

 

 気を取り直してふんふんと一階に到着。

 これまでざわざわと会話をしていたのに、俺が着くや水を打ったように静かになる。

 き、気まずい。しかしここでたじろいてはいけないのだ。めげずに店内の様子をさぐる。

 お客さんは三名。仲良く雑談していたことから、パーティなのかな?

 一番近くにいる人はホワイトタイガーの頭をした虎型の屈強な獣人……革鎧であるが両手剣が見えることから戦士系だろうか。

 残りの2人も人間ではなかった。1人はワニに似た頭のローブ姿。最後の1人は褐色肌、銀髪のダークエルフ……だと思う。三人ともアナザーワールドで選択可能な種族である。アナザーワールドは他のゲームでは類を見ないほど種族が豊富だ。

 そんな中、サブキャラのペペぺが人間を選んだのはメニューの一番上にあること……ではなく全てのスキルを習得可能なことからである。その代わりといっては何だが、人間は尖った能力が一つもない。よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏である。

 お客さんの姿がアナザーワールドに酷似していたので、少しばかりホッとしてこの静けさを打ち破るべくにこりと微笑む。

「いらっしゃいませ。ツツガナク雑貨店へようこそ」

 売り子に設定していた固定文句をなぞるように発言する。

 ん、あれ、反応がない。

 あれ、俺なんかやっちゃいました?

 思わず往年の名セリフが心の中に浮かぶ。しかし、いい意味でのやっちゃった、では決してない。

 三人ともぽかんとして固まっていたのだから。まるで場違い過ぎるセリフを聞いた時のように。

 店なのだから「いらっしゃいませ」はおかしくないよな。 

「つ、つかぬことを聞くが、店主殿……でよいのか?」

「い、一応、ツツガナク雑貨店の店主だけど……」

 いち早く立ち直ったからか、押し出されるようにして発言したのかは定かじゃないが、訝しみつつ尋ねてきたのはワニのローブ姿だった。

 残りの二人は顔を見合わせ、ひそひそと何やら囁き合っている。

「道案内の自称は『店長代理』と『店員』だったが……」

「ここでモノが売っていたという話を聞いたことはないわ」

「エルフィーでも聞いたことがないのか」

「ええ、遥か昔に店だったことがあるという伝説はあるのだけど」

 虎頭とダークエルフが好き勝手言ってくれちゃっているけど、まるで俺が店を構えるだけ構えて商品を置いていないとか言っているのか?

 いやいや、決してそのようなことはない。毎日補充を欠かしたことはないぞ。もっとも、売れるものはほぼ鉱石類だけだったがね。

 超需要がある一部レアな武器防具は相場より少し安く出すと即売れするが、それ以外となれば、誰しもが使うが集めるのが手間な商品こそ安定的な需要があるのだ。それほど儲けが出るものではないが、「売れる」ってことが嬉しいものなんだよ。自分でも使うものでもあるし。

「いやいや、店主殿は只者ではないぞ、ほれ、あの御仁は『カウンターの奥』にいる、それにあの階段から降りてきた」

「それは私も気になっていたの」

 ワニのローブ姿にダークエルフのエルフィ―が同意する。

 彼らの驚きとは別の意味で俺も驚いていた、いや、ホッと胸を撫でおろしていた。

 彼らの発言から、カウンター奥に入ることができるのは俺だけだと分かる。つまり、ゲームと同じで俺の自宅――ホームの店舗部分以外はプライベート設定が生きているってことさ。プライベート空間は自分のアカウントのキャラクターと売り子NPCしか入ることができない。

 今後、メインキャラクターの二人に切り替えることができるなら、メインキャラクターもプライベートエリアに入ることが可能だ。

 三人から敵意を感じないけど、今後賊が押し入ってくるかもしれない。そんな時でもカウンター奥に入ることはできないから、安心安全である。鉄壁の防犯設備万歳。

「この後、道案内と落ち合う約束じゃねえか。道案内に聞けばいい」

「それもそうじゃな」

 今度は虎頭にワニのローブ姿が同意した。

 え、ええと、道案内さんがどなたか存じ上げませんが、目の前に会話が成立する凡人が立っておるのですが、放置しないでいただきたい。

「あ、あのお」

 偉そうに考えながらも、口から出た声は蚊の鳴くような弱々しいものだった。小心者でごめん。

 しかし、そんな声でも三人の注目が一斉に俺へ集まる。

 無視しないで、とは考えたが、いざ自分から何かするととなると戸惑うわね。

「店はずっと閉店状態……あ、みなさんはこれから何をしようと?」

 店に触れると話がややこしくなると思い、強引に話題を変える。彼らの話から店長代理や店員がいるみたいだから、店のことはそちらに聞くのがよいかなと。

 一方、俺の問いかけへハッとしたように虎頭が応じる。

「俺たちは明日、『煉獄のダンジョン』へ向かうつもりだ。ダンジョンから最も近く安全なツツガナクの休憩所で休む予定だった」

「な、なるほど……ここでよければゆっくりとしていってね」

 休憩所……もはや店ですらない名前がついていたが、さらっと流すのが大人の嗜みなのだ。

「あ、ありがたい。翌朝に道案内が来ることになっている。それまでここを使わせて欲しい」

「もちろん」

 ふむ。時刻は夜だったのか。色々あり過ぎて窓の外なんぞ見てもいなかった。室内は天井の明るさが一定で明るさを意識することもない。

 せっかく向こうも気さくに会話へ応じてくれているからお互いに自己紹介しつつ、アナザーワールドに酷似した世界のことを知りたいのだが……俺のことはどう説明すりゃいいんだ?

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