凄腕の探索者? いいえ、ただの釣り人です~ゲームに似た異世界に転移したが、ただの素材集めキャラなのでのらりくらりと過ごそうと思います~

うみ

第1話 アナザーワールドにようこそ

「ペペペさーん、こっちにモンスターを引いてもらえますか?」

「りょ、っす」

 犬耳の幼女の言葉に頷くとツルハシを動かす手を止め、それを肩に乗せる。

 さてさて、モンスターはどこにいるのかな。

 円形のレーダーマップを開くと、俯瞰したマップを見ることができる。

 意識でマップ表示したり、メニューを開いたりすることもすっかり慣れたものだ。

 んーと、ドラゴンとレッサーデーモンか。最初はドラゴンの表示名にびびったものだけど、今は特段何も思わない。

 ドラゴンも色んな種類がいて、ただのドラゴンやレッサードラゴン、ドレイクと呼ばれる種類はただの雑魚なのである。戦闘特化のキャラじゃなくても、倒すことも可能。

「むるるんさん、俺は右から行きますー」

 犬耳の幼女へ伝えてから、右手から崖を登り袋小路に差し掛かったところで、手持ちの小瓶をドラゴンとレッサードラゴンに向け投げつける。

 小瓶が地面に触れた瞬間、派手な炎が舞い上がり、ドラゴンたちが一斉にこっちに向かってきた。

「魔法陣よ、力を示せ。テレポート」

 目前まで奴らが迫ってきたところで、テレポートの魔法で崖下へ転移する。

 すかさず俯瞰マップで様子を確かめると、犬耳の幼女むるるんが魔法で石壁を出現させ、ドラゴンたちを閉じ込めていた。

「乙っす」

「乙っす」

 テレポートで俺のところまで戻ってきたむるるんと健闘をたたえ合う。

「そんじゃま、掘りますか」

「ですな」

 並んでツルハシを構え、カツンカツンと壁を叩きはじめる俺たちであった。

 しばらく掘っていたら、むるるんが「そろそろ落ちますー」と発言し、俺もそろそろ落ちるか、と時刻を確認する。

「うお、もう22時か、やべ」

 そんなこんなで一旦、アナザーワールドオンラインからログアウトすることにした。

 

「ごめんよお、ハムちゃん」

 VR用のヘッドセットを外し、ゲージの中でひくひくと鼻を震わせるジャンガリアンハムスターのはむちゃんへ両手を合わせ頭を下げる。

 俺の声を聞いたハムちゃんはのそのそと餌箱まで移動した。餌を入れてやると、ハムちゃんはさっそくカリカリと餌を食べ始める。

 いやあ、癒しだわあ。ハムちゃんの食事する姿。

 申し遅れたが俺こと石橋海斗いしばしかいとは社会人5年目のどこにでもいるようなくたびれ気味のサラリーマンである。

 リモートワークが盛んになってきた世の中であるが、工場勤務の俺には無縁な話だった。寂しい独身アパート暮らしの俺であるが、プライベートは充実している。といっても休日含め、ほぼ家に引きこもっているのだけどね。

 一つは愛してやまないジャンガリアンハムスターを愛でること。もう一つは世界初のフルダイブ型VRMMOアナザーワールドオンラインである。

 まさかフルダイブ型のVRMMOがこれほど早く世に出るとは思ってなかった。専用の機材はそれなりにお高いが、瞬く間に大ヒットとなったんだ。

 追従するフルダイブ型VRMMOが次々と出たが、アナザーワールドは今でも随一の人気を誇っている。

 従来型のネットゲームとの最大の違いは2キャラ同時操作が不可能なことくらいかなあ。

 ドはまりした俺は3つのキャラクターを作って、キャラクターを切り替えながら遊んでいる。さきほどゲームにログインしていた「ペペペ」は素材集めのキャラクターで、探鉱用のダンジョンにこもり、日々ツルハシを振るって鉱石を掘り出したり、釣りでレアアイテム釣り上げたりって具合だ。他の2キャラは戦闘特化で、一方は戦士、もう一方は魔法使いにしている。いずれ、鍛冶師も追加したいなあと思っているけど、これ以上キャラクターを増やしても手が回らないだろうな。

 3キャラクター目でさえ既にキャラクター名が適当になっちゃっているしさ。

「うっし、少し飲んでから再開するか」

 フルダイブ型VRMMOの唯一の弱点がこれだ。何かって? 食べながら飲みながらゲームをすることができないことだよ。

 水分補給くらいならできそうだけど、見えないまま飲むってのに抵抗があって。

 ハムちゃんに餌の追加をしつつ、冷蔵庫を開ける。

「あ、ビールがもうない……」

 俺としたことが、ビールの補充を怠るとは。あと二本くらいある記憶だったんだがなあ。

 ちょうどいい、コンビニのチキン買おうっと。あれ、ビールとめっちゃ合うんだよね。

 チキンを食べてビールを飲むと、生きててよかったって気持ちになれる。

「ハムちゃん、行ってくるよ」

 ジャージ姿のまま、アパートの外へ出てコンビニに向かう。


 そしてコンビニである。コンビニはアパートからゆっくり歩いて5分くらいのところにあり、結構な頻度で利用しているんだ。

「チキンを一つ、いや二つ、追加でお願いします」

「ありがとうございましたー」

 缶ビールを三本、そして、チキンを二個注文し、レジを済ます。

 チキンからいい香りが漂ってきて、たまらんなこれ。一刻も早く帰宅して食べねば。

 コンビニの自動ドアが開き、外へと足を踏み出したその時、くらりとくる。

 

 ◇◇◇

 

「……う、うーん」

 まさかコンビニ前で倒れることになるとは思っても見なかった。コンビニ前だったことが幸いし、店員さんが救急車を呼んでくれたのかな。

 どうやら俺はベッドで寝かされているようで、掛布団の暖かさが心地いい。

 目を開くと、木のぬくもり溢れる天井が見えた。え、木のぬくもりだと?

 違和感にハッとなり、飛び起きて左右を見やる。

 赤銅色の毛皮のラグにブラッククリスタルの置物、姿鏡と何やら意匠を凝らしたタンス……窓もアンティーク調の出窓と妙な既視感があった。

「ん、いつの間にかアナザーワールドにログインしていたのか?」

 部屋の様子は俺がアナザーワールドで作ったホームそっくりだ。ホームというのはゲーム内の用語で、自宅のこと。

 俺の自宅は一階部分をお店にして、二階部分を居住空間にしていた。それとは別に離れもあって、倉庫と工房にしている。

 よくよく見てみると、赤銅色の毛皮も、赤銅獣アルフレイアの毛皮に見えなくはない。しかし、明らかにアナザーワールドにログインしているわけではないのだ。アナザーワールドはリアルを追求したVRMMOなのだけど、ハッキリと現実と異なることは分かる。

「ペロリ……俺の唾液がつくな……」

 試しに自分の親指を舐めてみた。指を舐めた舌の感触に唾液が付着した指……。このような機能はアナザーワールドに存在しないんだ!

「いやいや、まさかそんな」

 我ながら、ゲームのやり過ぎだよな。ゲームが現実になるなんて、いくらなんでも妄想が酷い。

「夢の可能性もある。多分、コンビニ前で倒れてまだ病院のベッドで寝ている……んじゃ」

 姿鏡で自分を映してみたら、いつもの俺じゃあなかった。顔以外はサブキャラのペペぺの姿にそっくりだ。

 ペペぺのままだったらイケメンだったのに、残念ながら顔だけ俺なんだよな。

 といってもペペぺの背格好の設定は俺と余り変わらないから、俺がペペぺのコスプレをしていると言えるのかもしれない。

 ん、階下で話し声? かな、音がする。

 俺のホームそっくりだとすれば、今俺がいる場所は二階の居住空間のはず。となると、一階のお店にお客さんが来ているのか? 一階にはNPCの売り子もいたはずだけど……。

「見なきゃわからんな。行ってみよう」 

 自室を出て、階下へ向かう。

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