第3話 現代転生一日目

「こんな傷はちょちょいのちょいじゃ。見とれよ坊主……ふんっ!」


 メローは壁穴に向けてこぶしを握りこむ。すると外の地面がめくれあがり、土くれが壁穴に向けて集まってきた。


「ほれ、こんなもんじゃ。わしにかかれば城の建設だって一夜で終わるぞい。どうじゃ? そばに置きたくなったろう?」


「安い手口だなおい。壊して直してDV野郎かお前は」


「でーぶい? なんじゃそれは」


「お前みたいなやつのことだ」


「おお、これ以上ない誉め言葉じゃのう」


 不敵に笑うと、メローはぐい、と親指を自分に向けた。

 なんてドヤ顔だ。腹立たしいことこの上ない。美少女でなければぶん殴っていたところだ。


「さて、おぬしにわしを養う権利をやろう」


「帰れ」


 しびれを切らした俺はメローの両脇に手を入れてその身を持ち上げた。要は高い高いの姿勢だ。

 角度が付いたことで、長い銀髪が頬に当たってくすぐったい。

 強制執行。問答無用で外に連れ出す。


「んなっ……!? バカ者! どこ触っとるんじゃ! エッチ、スケベ、童貞!」


「はいはいスケベスケベ」


「流すな!! いたたまれんじゃろうが!!」


 ばたばた手足を動かすメローに耐え兼ねて、玄関手前でいったん体を降ろした。

 調子に乗って持ち上げたが、意外と重かったのも手伝い、腕の筋肉がもう限界。


「ふぅ、この変態め、ようやく音を上げよったか。いい加減真面目に話を聞くのじゃ」

 

 メローは一呼吸おいて乱れたローブを整える。

 俺は学んだ。どうせ次も同じ話を切り出すつもりだろう。


「おぬしにわしを養う権利をやろう」


「帰れ」


「わぁーっ! 待て待て待て! 冗談じゃ、冗談。なっ? ほら、吸ってーーー、吐いてーーー」


 後ずさったメローの背がついに玄関扉に当たる。

 

 ……なんだこの罪悪感は。幼い子を詰問しているような。


 いやいや、俺は悪くない、はずだ。


「異世界から飛んできたはいいものの、戻る手段がわからんのじゃ。この世界のことはわからんし、行く当てもない……本当に、どうしたものやら」


 その表情は、見た目相応というか、子供のように心細さがにじみだしていた。

 そんなつもりはなかったが、気づけば口が動いている。


「……少しの間なら、泊めてやる」


 ぼそりとつぶやくようにしか出なかった言葉に、メローはパァッと表情を輝かせた。


「かたじけないのう……よし、じゃあわしはベッド、おぬしはソファで寝るがよい」


「帰れ」


「わぁーっ! お兄ちゃんがいぢめるのじゃーー!」


「誰がお兄ちゃんだ。220歳じゃなかったのかよ」


「今までのおぬしの反応から察するに、この世界には魔法がないようじゃ。ならばこの見た目でこの年齢の人間もおるまい。わしなりの気遣いじゃ、彼女であるとも言いづらかろう?」


 確かに、メローの容姿は少女というか、もはや幼女だ。外に出た際、俺との関係が怪しまれることは間違いない。

 彼女と言い繕うには、あまりにも幼い見た目。俺に警察が飛んできてもおかしくない。ただ――


「お兄ちゃんは勘弁してくれ。俺、妹いるし」


「なんじゃ、つまらん男じゃのう。ならご主人様の方がよいか?」


「どんな関係性だよ、怪しすぎるだろ。却下だ却下」


 度重なる否定にメローが眉根を寄せる。

 そうは言っても、怪しくない呼び方ってなんだ?


「はあ、もういいや。どうせどう呼んだって怪しいんだ。普通に名前でいいよ」

 

 疑われたらホームステイ中とでも言い張るか。

 いや、一人暮らしの家にホームステイはないか……。


 どう言い訳したものかと悩んでいると、メローが先ほどより真面目な顔で近づいてきた。


「では、よろしく頼むのじゃ。ライト」


 こうして、自称魔法使いとの不思議な同居生活が幕を開けたのだった。


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土・日曜日の21時頃に投稿予定です。


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