共犯者

阿下潮

共犯者

「すごく、綺麗」

 純白のウエディングドレスを着た最愛の人を前に、それ以外の言葉がいえただろうか。たとえ、彼女の選んだ伴侶が自分と違う人間だったとしても。

 彼女が幸せならば、わたしはそれを幸せなことだと思うことができる。彼女の幸せをわたしはずっと祈ってきたのだから。

「ありがとう。招待しといてなんだけど、来てくれるとは思ってなかったから嬉しい」

 学生時代、彼女とわたしがつきあっていたことは誰も知らないはずだ。あのころ、女同士がそういう関係になることに対して、たいていは距離を取って曖昧な笑みで祝福するような人たちばかりだったから、わたしたちはわたしたちの関係を周りの誰にも内緒にしていた。

 共通の秘密は結びつきをより強いものにする。友だちに隠れて指を絡めていたわたしと彼女は、共犯者めいた笑みを浮かべていた。

 わたしと彼女は大学を卒業してわたしは実家に帰ることになり、関係は途切れてしまったけれども、わたしは未練たらしく彼女のことを思い続け、独身のまま、ここまできてしまった。心の底で、彼女からまたなにかしらの歩み寄りがあることを期待していたのに、まさかそれが結婚式の招待状になるとは予想していなかった。

 花嫁の控え室には誰もいない。わたしとゆっくり話すためにそうしてくれたらしい。それならば、積もり重なった気持ちの山の、一番上に乗っているものをわたしは差しだす。

「どうして結婚することにしたの? やっぱり、子どもがほしかったの?」

 わたしと彼女は距離に負けて自然消滅したわけではない。彼女がどうしても二人の子どもがほしいと言いだしたから、そんな叶わぬ願いを持ち続けることができず、諦めるために距離を置いたのだ。

 女性同士で婚姻することもできない。養子を迎えることはできても、血の繋がった子どもをつくることだってできるわけがない。そういう時代にわたしたちはいた。だから、わたしは身を引いたのに。どうしてあなたは今さら男の人と結婚なんて。

 そんなわたしの暗い執着を知ってか知らずか、彼女は朗らかに笑った。

「わたしたち、もう六十だよ。こんなおばあちゃんが、子どもなんてとてもとても」

 そうだ。彼女と別れてから四十年近くが経った。わたしたちはもう還暦を祝われる歳になった。これから母親になろうなんて考えるのは、頭がおかしい人間だけだ。

 頭がおかしいわたしは、持ってきた荷物をテーブルの上に置いた。

「何これ?」小首を傾げる角度はつきあっていたころと変わらない。

「卵子。わたしとあなたの」

 液体窒素で凍結された子どもの元が二つ。わたしが東京を去る前に、二人で病院に行って採取した。普通は四十五歳になるころには廃棄するのだけれど、わたしの父から手を回してもらって、わたしの手元に取り寄せたものだ。いつか、使えるようになるかもしれないと思って。

「もし、あなたが結婚相手との子どもを望むなら、これを返してあげようと思って」

 それがあなたの幸せならば。わたしはそれを幸せなことだと祝ってあげられるから。

「あなたは私にそうしてほしいの? それが本当に望むことなの?」

 わたしが本当に望むこと? わたしはあなたに。

「母親になんてなってほしくない」

 知らない男と結婚なんてしてほしくない。わたしが守ってきた卵子で子どもをつくってほしくない。知らない男の面影のある子からママなんて呼ばれてほしくない。知らない男とつくった子に向かって「あなたはママの宝物よ」なんて微笑みかけてほしくない。全部全部全部全部全部、わたしとしてほしかったのに。

「じゃあ、こっちの卵子をもらおうかな」

 と、彼女が指さしたのはわたしの卵子の入ったカプセルで。

「そうしたらさ、私、あなたの子どものママになれるかもしれないんだよ。こんなおばあちゃんがママってのも、なんかいいよね」

 そんなことが。

「許されないかもしれないけどさ、誰にもいわなければ、ばれないかもしれない。ね?」

 そうしてわたしたちはまた、共犯者になって。

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共犯者 阿下潮 @a_tongue_shio

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