第17話 S級探索者、天城蓮冥


 ギルドの前は、朝から探索者たちで賑わっていた。


 情報掲示板の前に集まる者、探索の準備をする者、初顔合わせのパーティ。

 そんな喧騒のなか、俺はひとり四人掛けのテーブルに腰をかけていた。


「……今日は何が描けるんだろう」


 最近は毎日が楽しい。

 詩乃がいて、視聴者さんがいて、ダンジョンでみんなと自分の絵を共有できるから。


 今日は人生初めてのコラボ配信の日。


 どんな相手を描けるのかと考えていると、思わずニヤけてしまいそうになる。


「師匠、すみません、遅れました!」


 詩乃が小走りで駆けてきた瞬間、突然視線がこの席に注目される。


 

「なんだ、あの子めちゃくちゃ可愛いぞ」

「いいなぁ、コラボ頼もうかな?」

「知らないのか? あれは詩乃さんだ。写生室チャンネルで今話題だろ?」

「てことはあの相方がエン=ムカの群れを単機で倒したっていう……」



 この前のネットニュースの影響か、俺たちの話題があちらこちらで飛び交っている。


「師匠、いよいよ今日がコラボ配信の日ですね!」


 詩乃はそんな周りのことなど一切気にする素振りもなく、いつも通りの笑みを俺に向ける。


 絵に収めたい。


 そんな衝動に駆られるほどの無垢な笑顔。


 これが今周りの言っている、いつも視聴者さんが言っている可愛いって感情なんだろう。


 それほどにも彼女は魅力的な女性。

 周囲から注目を浴びれば浴びるほど、そう感じさせられる。


「じゃあ、行きましょうか。今日はギルドラウンジの一席を予約してますので、そちらに……って師匠?」


 詩乃は口を止め、首を傾げる。

 少し見つめすぎたらしい。


「ううん、詩乃の笑顔を描きたいと思っただけ」


「え、えぇ……っ!? わ、私の顔を……!?」


 さっきまで冷静に話していた彼女が、顔を赤く染め、声まで吃らせる。


 ここは詩乃を安心させるような声掛けを……。


「あぁ、ごめん。ちょっと可愛くてね。つい」


 こうやって理由をしっかり述べれば、きっと冷静さ取り戻してくれるはず。


「ふえぇぇぇ……え、え、え、とえっとぉ……そ、そうですね……また、今度、なら、いい、ですよ?」


 初めはさらに茹で上がった詩乃だったが、少しずつ落ち着きを取り戻したのか、口調も落ち着いて俯きがちにそう言う。


 まだ少し頬は赤いみたいだけど、落ち着いたなら良かった。


 それから俺たちは並んで歩きながら、ギルドの二階へ移動。

 ギルドラウンジへと向かっていった。


 このラウンジは、探索者たちの情報交換や作戦会議などで利用される場所らしい。

 また、有名探索者を抱える大手の事務所のスカウトマンや記者の出入りも多く、いわば顔を見せる場にもなっている、とのこと。


 もちろん大手の事務所に入れば、同じ会社の探索者ともコラボし放題だし、チャンネル登録者数を増やすために宣伝だってしてくれる。


 当然俺にはそんな話来たこともないけど。


 ちょうどラウンジに到着した。


 奥行きのある長方形の空間に、ダークグレーのソファとローテーブルが等間隔で並んでいる。


 ある人たちは楽しげに語り合い、またある人たちは周りの様子を伺いながら、小声でやり取りを交わし合う。


 そしてラウンジ最奥では記者さんたちが、二人掛けのソファに足を組んで座る一人の青年を取り囲んでいた。


 おそらく俺とあまり変わらない歳。

 サラサラのシルバーヘアーに甘いフェイス。


 記者さんたちに微笑むその笑顔には単純な無垢さだけでなく、奥に潜める底知れない何かを感じさせられる。


 きっと彼が探索者なら、かなりの実力があるんじゃないかと、俺の勘がそう告げていた。


「有名な人?」


「……師匠、あの方を知らないんですか?」


  詩乃は目は丸く見開き、俺を見る。


「えっ、そんな有名なの?」


「はい。なんたって彼は、現在700万人超のチャンネル登録者数を持つ、現代最強とも呼ばれているS級探索者――天城蓮冥あまぎれんめいさんなんですから」


「天城、蓮冥」


 なんとなし聞き覚えのある名を唱えたのち、俺はそんな彼に視線を向ける。


「天城さん、これまで数々のご質問にお答え頂き、ありがとうございました」


「いいよ。ちょうどS級のダンジョンをクリアして、暇してたところだったし」


 甘く優しい口調で、記者さんたちに対応する。


「では最後のご質問です。天城さん、あなたが思う最もS級に近い探索者の方を教えてください」


 若い男の記者がそう言うと、いくつもの取材用マイクがグッと彼に寄せられる。


「そうだなぁ……」


 顎に手を当て、考える素振りをみせる蓮冥。

 そして一瞬……ほんの一瞬だけど、彼の瞳が俺を捉えたような気がした。

 俺の存在を確かめるような、そんな目で。


「今めぼしい人はいない、かな」


 その答えに記者さんたちはマイクを引き離そうとするが、


「だけど……」


 蓮冥が続きを語ろうとする様子を見て、その場にマイクをしっかり留める。


「あと半年もすれば、出てくるかもよ。そのめぼしい人ってやつが」


 そう言った蓮冥は、最後にニッと口角を上げ、記者の集まりから抜け出した。


 そしてこちらへ歩みを寄せてくる。


「し、師匠! 天城さんがこちらへきますよ!」


「まぁ、だってここ出入口だしね」


 明らかに動揺している詩乃へ、俺はあくまで冷静にそう返す。


 そりゃ彼がここを去るには、必ず通らなきゃいけないところに俺たちが立ってるわけだし、何も不思議なことじゃない。


 そしてちょうど俺と詩乃を横切る瞬間、


 蓮冥は足を止めた。


「……勇者候補生を助けたんだってね」


 その言葉は俺たちに向けられたものだと、まっすぐこちらを見る彼の視線がそう語る。


「助けたというか……たまたまだよ、あれは」


「勇者ってのは、未だに謎が多くてね。普段どこで生活してるのか、どうしてそんなに強いのか、どうやって魔族を探しているのか、僕たち人間は、勇者のことを未だに何も知らないんだ。そんな勇者と会えたなんて、物凄くラッキーなことだよ」


 改めてそう言われると、先日リヴィアと出会えたことがよほど幸運だったんだと知らしめられる。


「それと猿神。エン=ムカの討伐もみたよ。あれもすっごくレアな経験だね。F級ダンジョンにあんなのが現れるなんて、前代未聞だよ」


 と、蓮冥はニコニコと語りかけてくる。


「たしかに、そうだね」


 としか言いようがない。

 どちらも望んで鉢合ったわけではないし。


 にしてもこの蓮冥という人、写生室チャンネルの動画についてかなり詳しい。


 もしかして彼も視聴者として見てくれている?


 ……いや、リヴィアもエン=ムカも、ネットで話題になった案件だ。

 探索者である彼が知っていても、なんらおかしなことではない。


「いずれ、くるんでしょ?」


 蓮冥は、明るい口調のままそう言う。

 

「え、どこに?」


「探索者の高み、S級だよ」


 蓮冥の目からは、一瞬の迷いすらも感じさせられなかった。

 疑う余地もない、そんな感じ。


「うん。できるだけ早く」


 だから迷わず俺も答えた。


「……じゃあまたね、悠生くん」


 これ以上の言葉はいらない、そう言わんとばかりに彼はここから去っていった。

 

「し、師匠! すごいですよ! あのS級探索者、天城蓮冥さんから認められるなんて!」


 詩乃が興奮気味に飛び跳ねている。


 すごいかどうかは一度置いておいて、S級になりたい理由がひとつ増えたな。


 あの蓮冥の目の奥にある底知れない何か。

 それを絵に収めたい。


 S級としての隠された力の真髄を、この目に焼き付けたい。

 そんな感情が沸いてきた。


「あの……写生室チャンネルの九条悠生さんですよね?」


 さっき蓮冥を取り囲んでいた記者だ。


「天城さんとはどういうご関係で?」


 次は他の記者。


「さきほど天城さんと交わした会話の内容、教えて頂けませんか?」


 さらに他の記者も。


 気付かぬ間に逃げ場を失った。


「わ、わっ、師匠、どうしましょ!?」


「……とりあえず、対応してみるよ」


 今回ラウンジにきた目的は、コラボ相手との初対面だ。


 その待ち合わせがここである以上逃げ場はない。


 だからこそ、俺はこの記者さんたちに向き合うことを決め、飛び交うコメントに対応することにしたのだった。


 

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