第16話 コラボ決定
朝の日差しが、カーテンの隙間からやわらかく差し込んでいた。
俺、九条悠生はいつも通り、トースト片手にスケッチブックをめくり、昨日描いた絵の余韻に浸っていた。
今日も、いつもの一日が始まる。
そう思っていた。
詩乃が家のチャイムを連打してくるまでは。
ピンポンピンポン――
「師匠っっ!!」
勢いよく開いた玄関扉の向こうには、髪も整えず走ってきたのか、少し乱れた息で立つ詩乃がいた。
「えっ、ど、どうしたの!? 何かあった?」
「ネットニュース……見てください!」
詩乃がタブレットを突き出す。
そこには見慣れぬ見出しが躍っていた。
『勇者候補生、E級ダンジョンに現る!? 写生室チャンネルに謎の人物が登場で話題沸騰』
“勇者!? E級で何してんだよwww”
“写生室チャンネル、またなんかやってて草”
“てか初見だけど、なんだこのチャンネル……”
“勇者がE級で道に迷ってて草しか生えん”
“リヴィアちゃん推せるわ、あの口調クセになる”
“写生室チャンネル毎回なんかしら起こすな”
“話題作って注目されたいんだろ”
”気になって動画見てきたけど、想像以上にガチで絵描いてた”
”写生の構図にこだわりすぎてて、むしろ尊敬した”
“絵とかふざけてるな。ダンジョンなめすぎ”
”方向音痴すぎて草。勇者ってあんな感じなん?”
”この写生室チャンネル、今後もっと伸びそう。妙にクセになる”
“拡散案件すぎるぞこれ”
“写生室チャンネルの助手ちゃん可愛すぎない?”
「……昨日のことだね。こんなに広まってるんだ」
「はい。リヴィアさんのために昨日のアーカイブは削除していたのですが……どうやら、視聴者さんが切り抜いて拡散したみたいで」
俺は急いで自分のチャンネルを確認した。
昨日のアーカイブはもうないので、当然再生数や登録者数が爆増したわけではない。
だがこのネットニュースの盛り上がりようから、写生室チャンネルの名が、世間の端っこに爪痕を残したのは間違いない。
「師匠、それとですね……」
詩乃が、一歩だけ距離を縮めた。
少し声のトーンが上がった。
しかし、なぜか詩乃の表情から戸惑いの色も見えている。
「……まだ何かあるの?」
「はい。昨日の配信が話題になったことで……いくつか、探索者の方々から、コラボ依頼が届いています」
「コラボ?」
聞き慣れない単語に眉を上げる俺に、詩乃が慣れた説明口調で続ける。
「ダンジョン配信者同士でパーティを組んで、共同探索することです。最近はコラボの需要もかなり高まっているようで……」
「つまり、それでチャンネル登録者数が増えるってことだね?」
「そうなんです!! だけど師匠、あまりコラボとか、興味無いんじゃないかなぁと……」
詩乃はそう言って視線を落とした。
なるほど。
彼女の違和感ある表情変化は、俺のことを気遣ってのことだったようだ。
「ち、ちなみになんですけど、パーティでのダンジョン攻略は、メンバー内で一番階級の高い探索者の難易度に合わせて挑めるので、より珍しいモンスターを描けるメリットもあるんですよ」
という追加情報。
それは……たしかに魅力的。
「なるほどねぇ」
「あまり乗り気じゃないなら……断りますか?」
申し訳なさそうに、でも少しだけ残念そうに尋ねてくる詩乃。
「いやせっかくだ、受けてみよう。考えてみたら、戦闘中の探索者を描ける機会も、早々ないし」
コラボが実際にどういうものか分からないけど、チャンネル登録者数の伸ばすためだって詩乃が言ってるんだ。
断る理由なんてどこにも無い。
「……ふふ、師匠らしい答え。じゃあ、依頼があった探索者リスト、お渡ししますね」
詩乃がタブレットを操作して、コラボ申請者の一覧を表示する。
「これは上から申請がきた順になってます。名前と探索者の階級、チャンネルのリンクがそれぞれ分かるようになってますので」
そう言ってタブレットを手渡してきたが、俺の中ではすでに答えが出ていた。
「じゃあ一番上の人で」
「え、そんなにすぐ決めちゃっていいんですか?」
「最初に写生室チャンネルを気に入って声をかけてくれた人ってことだよね? だったら、他を差し置いて選ぶ理由ないよ」
詩乃が一瞬だけ戸惑ったように眉を寄せる。
だがすぐに「分かりました」と微笑んだ。
「じゃあ、その方に連絡を送っておきます。コラボの日は、決まり次第お伝えしますね。では師匠、今日もギルドで集合お願いします!」
「うん。今日もよろしく」
「はいっ。朝からすみませんでした、師匠!」
詩乃は元気にぺこりと頭を下げ、俺の家を後にした。
「……いつもありがとう、詩乃」
写生室チャンネルを、嫌な顔せず管理してくれて。
俺がS級探索者になる手伝いをしてくれて。
肝心の詩乃はもうここには居ない。
届くことはない感謝の言葉を、俺はボソッと呟いた。
* * *
――朝早くから、押しかけすぎたかな。
師匠の家を出た私は、風に髪を撫でられながらふと足を止めた。
玄関を飛び出す時は勢いで動いていたけれど、冷静になった今、胸が少しだけざわついている。
迷惑だったらどうしよう、って。
……でも。
「コラボ、やってみるよ」
そう言ってくれたときの、師匠の顔を見た時、
すごく、すごく嬉しかった。
絵を描くことにしか興味がない人だけど、ちゃんと階級昇格を視野に入れて努力をしてくれている。
――だったら私は精一杯、彼を支えるだけ。
タブレットを開いて、今朝まとめたコラボ依頼リストに目を通す。
全部で五件。
中堅からベテランまで、さまざまなランクの探索者たちからの申請。
《Obscura(オブスクラ)》
「全然知らないチャンネル名……」
しかも投稿履歴やアーカイブも一切残っておらず、得られる情報はチャンネル名と概要だけ。
仮にもB級探索者なんだから、チャンネル名くらいは知ってると思ったんだけど。
「……ま、いっか。せっかく一番乗りで申請してくれたんだし」
それに、師匠が言ってた。
「この人が一番最初に興味を持ってくれたなら、迷う必要なんてない」
私の判断じゃない。
師匠の信頼に任せていいなら、迷う理由もない。
「よし……」
私はオブスクラに、コラボ受諾の通知と、日程調整のメッセージを送信する。
たとえ、名前も正体もよく知らない相手だとしても。
今の写生室チャンネルが、もう一歩、前に進むための転機になるなら――。
私が、その橋を架ける。
それが師匠の隣にいるパートナーとしての、私の仕事。
目を閉じて、深呼吸。
ほんの少しだけ背筋を伸ばして、私は自宅へと歩き出した。
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