第4話

 彼女に勇気づけられて、俺は再び前を向くことに決めた。

 アイナさんは俺と一緒にいてくれるらしい。大丈夫なのかと聞いても、一人で住んでいたから大丈夫だと変えすばかり。

 今の俺にとっては、彼女が側にいてくれるだけでもありがたかった。もちろん、気を使わせてしまっているのは申し訳ないけれども。


 再出発も兼ねて、俺たちは冒険者ギルドの建物へやってきた。

 アイナさんは少し苦しそうな表情をしていたけれども、なぜなのかは理解できる。

 きっと、心無いことを言われるだろう。妨害もされるだろう。

 だとしても、俺の信念を曲げることにはならない。俺は誰かを助けるために、前を向く。

 そう、誰かが肯定してくれる限り。それで救われたという人もいるのだから。


 ギルドの前に立ち、一度深呼吸をする。

 ここから先は何が起こるかわからない。これまで通りではいかないんだ。

 そう、特に今はアイナさんもいる。彼女は俺が守らないといけない。


「……大丈夫ですか、ユーマさん」

「ありがとう。行こう、前を向くために」


 さあ、これが俺の、俺たちの再出発だ……!

 決意を胸に、冒険者ギルドの入り口を開く。


 わかってはいたけれども、入った瞬間に鋭い視線が突き刺さる。

 どんな面して。あいつが噂の。女連れだぞ。おもいおもいの言葉が宙に舞う。

 共通していることは、誰一人として、俺にいい感情を持っている奴はいないってことだ。


 わかっていた。わかっている。

 それでも、やると決めたんだ。


「アイナさん。俺の側から離れないで」

「は、はい」


 ここまでなら宿で待っていてもらった方がよかったかもしれない。

 でも後悔してももう遅い。


 俺たちは針の筵のような視線を浴びながら、受付まで足を進める。

 顔見知りになった受付嬢にでさえ、嫌そうな顔をされた。


「ユーマさんっ! 話、聞きましたよ……っ!」

「レナさん。仕事をお願いします」

「よく平気そうな顔でいられますね! こんなことが起きているのに!」

「ちがっ、それは――」


 俺をかばって前に出てこようとしたアイナさんを手で制止する。

 ここでアイナさんが出てしまうと、この視線の矛先は彼女に変わる。それは駄目だ、それは許せない。

 弁護してくれようとした気持ちは嬉しい。けれど、ここは俺にやらせてほしい。


「レナさん。仕事をお願いします」

「……っ! はいはい! お仕事ですね! 仕事ですからやりますよ、仕事ですから!」


 怒りながら奥へ行ってしまった。

 思わず苦笑いしてしまう。親しくなったと思っていた相手に嫌われているのは、心に来る。


「ユーマさん……」

「大丈夫。わかってたことだから」


 大丈夫。アイナさんがわかってくれたように、いつかはみんなもわかってくれるさ。

 俺にできることは、俺は間違ってないと示し続けることだけだ。


「はい、お仕事ですよ! 好きなの選んでください!」


 戻ってきたレナさんは、頬を膨らませたまま視線も合わせてくれない。

 仕方がないか。今の俺は、パーティメンバーに暴行を加えた非道な男だからな。

 それでも持ってきてくれた仕事は今の俺に適正なものばかりだ。銀の盃を離れたから、それに合わせて調整してくれている。

 思わず口元が緩む。


「うん、これにしよう。アイナさん、いいかな?」

「へ? はい、ユーマさんが選んだものならばそれで……」

「ちょっと待ちな!」


 選んだ依頼表をアイナさんに渡してみてもらおうとすると、衆人の中から声が上がる。

 そちらの方を見れば、見覚えがある顔が。

 確か……銀の盃の一個下、C級の冒険者の二人組だったはずだ。


「おうおうユーマさんよぉ。また新しく女の子引っかけて遊ぼうってかぁ」

「よく顔出せたなお前。お前のやったことはみんなもう知ってるってんだよ!」

「それは誤解だ。俺はやっていない」


 面と向かってやっていないと言った俺に対して、噴飯ものだと大笑いされる。

 庇うように、アイナさんを後ろに下がらせる。


「聞いた話によるとよぉ。銀の盃でもお荷物だったらしいじゃねぇか」

「それで女ばっか抱いて自堕落に過ごしてたんだろ? 羨ましい限りだぜ」


 ……ああ、なるほど。この二人の目的がわかった。アイナさん目的か。

 すっと視線が鋭くなったのを自覚する。


「暴力はしたくない。穏便に、ここは下がってくれないか」

「ああん? 怖いですから許してくださいの間違いじゃないか?」

「違いねぇ!」


 下卑た笑い声が響き渡る。

 ああ、ダメだ。アイラさんが怯えてしまっている。これは申し訳ない。本当に、連れてこなければよかった。


「おかしいと思ったんだ。普段からヘラヘラしてる奴がB級冒険者? ありえねぇ!」

「腰巾着してたんじゃあしょうがねぇよなぁ!」


 ……別に、言わせておけばいい。

 俺の地位は既に最底辺だ。これ以上下がりようがない。


「そっちの女の子、そんなクズ男捨てて俺たちと一緒に――」


 でも、アイナさんに関わるなら駄目だ。俺が守ると言ったのだから、守らなければならない。

 彼女の名誉を、心を。


「それ以上手を出すなら、許せない」


 短剣を引き抜き、彼らへ向ける。刃物を向けられたことで一瞬怯んだけれど、それだけだ。


「許せない……ってんなら、どうするんだ?」

「決闘を申し込む」


 場内が一斉に騒めいた。

 引きはしない。引けはしない。

 ここから始めると決めたんだ。俺の、やり直しを。

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