第3話

 私は本来死んでいたはずの人間でした。

 王都から二時間のところにある、近隣の村。その近くの森で、私は薬草を採っては薬にして生活していました。薬は定期的に村に行って売って生活費を稼いでいます。。


 おばあちゃんと二人で暮らしていたんですが、そのおばあちゃんも二年前に他界してしまいました。なので、一人で細々と暮らしていたんです。

 当時は、村の人たちから魔女と言われ、あんまりよく思われてなかったようなので、深くかかわることもしていませんでした。


 そんな感じだったのですが、おばあちゃんからは森の中は魔物が出るので注意するように、と常々言われていたんです。

 家の周りには、魔物除けの薬を撒いていて比較的安全なんですけれど、薬草を採りに行くときには気を付けるようにと。


 私にとっては生まれ育った慣れ親しんだ森なので、心配性だなぁぐらいに思ってたんです。

 実際おばあちゃんが亡くなるまで何もなかったわけですし。亡くなってからも、一人で大丈夫だと。


 ――楽観視が過ぎたと気づかされたのは、少し経ってのことでした。

 すっかり油断してた私は、普段の薬草採取のルートから外れて、新しい薬草を探しにいってたんです。

 おばあちゃんに教えられた場所を越えて、そう、魔物の住処の近くまで……。


「大丈夫か!」


 魔物の群れに襲われていたところを助けてくれたのが、彼でした。

 私に襲い掛かってきた狼型の魔物から私を守る様に、彼が割って入ってくれたのです。


「ゼフ! こっちだ!」

「あいよ!」


 瞬く間に魔物を倒していくその姿に、私は見惚れてしまったのです。

 話を聞いてみれば、ちょうど彼らは依頼を受けて魔物を退治しに来ていたのだとか。


「大丈夫?」


 そう言って手を差し伸べてくれた彼の顔は、忘れようと思っても忘れられません。

 助けてくれたお礼にということで、彼らのパーティを一旦私の家に招待することにしました。

 優しそうなユーマさん。荒っぽいゼフさん。そして……ユーマさんに親し気に寄り添う、ミラさん。


 一目でわかりました。私が胸に抱いてしまったこの恋は、実る前に枯れる定めだったのだと。

 それでも、どうか、少しだけでも、愚かな娘に夢を見させてほしい。

 その思いで招待したのです。


「へぇ、魔女の家ってのも普通なんだな」

「こらっ! ゼフ!」

「お気になさらないでください。そう言われてるのは、知ってますから」


 いい気はしませんけれど、村から来られたのならば仕方がない。

 私は心の底からそう思おうとしていたのです。

 そんな私に、彼はこう言ってくれました。


「いいえ、辛いことは辛いと、嫌なことは嫌だとはっきり言うべきです。でなければ、世界はいつまでも理不尽なままですから」


 ――目からうろこが落ちる気分でした。

 この森の中で生まれて、この森の中で死ぬと思っていた私は、ユーマさんが言うようなことを考えたことはなかったのです。

 どんなことを言われても、されても、森の中にこもってしまえばいい。それで、一人なら大丈夫だからと。


 言われて、初めて気が付いたのです。私は、魔女と呼ばれて苦しんでいたのだと。

 本当は、当然のように周りと馴染んでいる子たちが羨ましかったのだと。

 こういう風に、同じように一人の人扱いされたかったのだと。私自身を見て欲しかったのだと。


「ありがとう、ございます」

「あーっ! ユーマがまた女の子泣かせましたね!」

「ミ、ミラ。これはちがくて……」

「何が違うんですか!」


 二人がやり取りしてる間、涙が止まらなくて。

 ゼフさんが遠巻きに見ている中、ユーマさんとミラさんのやり取りを眺めると胸が苦しくなって。どうして私はあそこに混ざれないんだって気持ちになって。

 喜びと、辛さを同時に噛みしめることとなったのでした。


 でも、その日をきっかけに、変わろうと思えるようになったのです。

 村の人たちと挨拶を交わしたり、困ったことを助けるようにしたり、話を聞いたり……。

 最初は気味悪がられました。魔女が今更何のつもりだと。辛かった。でも、徐々に認めてくれる人も出始めて、よかったと思えるようにもなってきたんです。


 そんな中、一つの話を聞きました。ここは王都に近いですから、その噂を。

 銀の盃というパーティの、ユーマとかいう人物が、本当に酷い人間だと。


 あり得ない話だと思いました。ですが、話に聞くユーマさんは私が知らない人のようで、本当に酷い人間で。

 信じられなかったのです。信じたくなかったのです。

 あんな真っすぐな綺麗な目をした人が、そんな悪事を働くだなんて。


 気が付けば、私は王都へきていました。真実を確かめるために。

 王都の冒険者ギルドはその話でいっぱいいっぱいで、誰もがユーマさんを悪者のように話します。


 それでも、本人から話を聞くまでは信じたくありません。

 なので、町中を駆け回ってその姿を探します。人に尋ねて、怪訝な表情をされつつも。

 ようやく見つけられた彼は――直視するのも辛い、絶望した姿の彼でした。


 やはり、私は間違っていなかった。噂のような悪事を働く人間が、あそこまで純粋に絶望するものですか。

 きっと、彼は陥れられたのです。誰に? 噂を流した誰かに。


 ――彼に支えが必要なら、私がなります。

 私を救ってくれた彼だからこそ。私は尽くしたいと思うのです。

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