第9話 変わった事もある

鏑木萌は最低な人間だった。

何が最低かといえば他人の竿を舐めたクソ馬鹿だったのだ。

根っから救いようがない。

鏑木家には今後近付かない。

そう思っていたのだが...その鏑木萌の妹。

鏑木ほのかから告白された。


「ほのか」

「はい」

「...俺なんかを恋人にしても...」

「まだ言いますか?譲れないって言いましたよね?私は絶対に諦めません」


ほのかはニコッとしながら俺を見る。

パン屋を後にした俺達は歩く。

俺はほのかのその姿を見ながら「...」となる。

無言になってしまう。

そして歩んでいると「まだ時間ありますか?」と聞いてくるほのか。

俺は「ああ」と返事をする。


「じゃあ私の家に来ませんか?噂のお姉ちゃんは今、居ませんので」

「...部活か」

「そうですね。その通り彼女は文芸部です」

「...」


俺は少し考えてから「分かった。じゃあ行こうか」と切り出す。

するとほのかは「はい。じゃあ手を繋いで行きましょう」と言う。

は?


「ちょ」

「言った通り告白した限り私は甘えます。徹底的に」

「お前な...」

「私は貴方が前世の人でも。どんな人だろうとも構わない。...私は私なりに攻略していくだけです」

「...ほのか...」


そしてほのかは俺の手を握る。

それからそのまま優しくおにぎりを作る様に握ってから笑みを浮かべる。

甘くなってしまったな。

ミルクティーの倍増砂糖みたいに。



ほのかの家に来た。

懐かしい鏑木家である。

俺が「娘さんを下さい」と言ったあの前世と何ら変わらない。

眉を顰める。


「嫌だったら言って下さい」

「...嫌じゃないんだが...懐かしくてな」

「ですか」


それからほのかは俺の手を引く。

そして昭和感が残る家の中に入って行った。

「ただいま」とほのかが言うと「お帰り」と鏑木裕子(かぶらぎゆうこ)さんが出て来て俺を見た。

目を丸くする。


「どちら様?」

「私の彼氏」

「...」


そんな事を言ったら大変な事になるんだが。

そう思いながら俺は裕子さんを見る。

裕子さんは「そうなのね」と柔和に反応する。

あまり反応がなかった。

へ?


「お母さん?」

「彼、嫌な人じゃないでしょ?貴方が選んだんだから」

「...」


そういやこういう人だったな。

裕子さんって。

俺が前世で挨拶に行ってもこんな感じで対応してくれて直ぐ油が注がれた歯車が動き出す様に打ち解けたのだ。

直ぐ打ち解けた。


「...お母さんは嫌じゃないの?」

「嫌なもんですか。...貴方はお名前は?」

「新山和彦です」

「あら。良いお名前ね」

「...」


それだけ言ってから裕子さんは「じゃあいらっしゃい。お話ししましょう」と言ってから裕子さんは俺を見る。

そして微笑んでから踵を返すその姿に俺は「はい」と返事をした。

それから室内に入る。



「彼のどこが好きになったの?」

「...彼に救われたから」

「そうなのね。お父さんはひっくり返るでしょうけどね」


そんな会話を聞きながら俺は裕子さんとほのかを見る。

ほのかが俺を見る。

「和彦さん。飲んでください。美味しいですよこのお茶」と言いながらを笑みを浮かべる。

俺は「ああ」と返事をしながらお茶をいただく。

懐かしい味だ。


「新山くん」

「あ、はい」

「貴方を見ているとなんだかお父さんを思い出すわ」

「...それはほのかのお父様ですか?」

「そうね。あの人も控えめで優しいの。凄く」

「...そうなんですね」

「はい」


それから裕子さんは「お茶菓子も食べてちょうだい」と言いながらお茶菓子を出してくる。

俺はそんな抹茶クッキーを見ながらいただいた。

すると裕子さんは「変な事をしなければ付き合うのは別に良いわよ。まあほのかの事は信じているけど」と言いながら笑みを浮かべた。

ほのかは「しないよ。...彼の為に動くって決めているけどね」と言いながら抹茶クッキーをほおばる。


「...新山くん。ほのかのどこが気に入ったの?」

「俺は...」

「お母さん。それは恥ずかしいから」


俺の回答を遮る。

まだ付き合ってないからその点に配慮した様に。

そのほのかの姿を見つつ俺は裕子さんを見る。

裕子さんは「そうなのね」と苦笑した。


「恥ずかしい事を聞いてごめんなさいね」

「いえ」


ほのかはほっとした様にお茶を飲んだ。

それから立ち上がるほのか。

俺の手を握る。

そして俺を見てくるほのか。


「部屋に行こう」

「は?ほ、ほのか!?」


そして俺は引き摺られて行く。

母親を置いてけぼりで。

それから俺はほのかの部屋にやって来た。

ほのかは「これが私の部屋です」と開けてから言う。

そこには書籍がいっぱいあった。

アニメグッズも。


「...変わらないな」

「そうなんですね」

「ああ。前世と何ら変わらない」

「...」


その沈黙する姿に俺は「だけど変わった点もある」と言葉を付け加えた。

ほのかは「え?」とゆっくり顔を上げた。

それから俺を見る。

俺は「お前が好きになった事だ」と言いながらほのかを見る。

ほのかは赤面した。


「それだけで十分だ」

「...えへ」


ほのかは赤面しながら俺を見る。

そしてはにかむ様に笑みを浮かべた。

俺はその姿を見つつ柔和な顔をしてからほのかの頭を撫でた。

するとほのかはいきなり抱き着いて来た。


「頭撫でるぐらいならこっちが良いです」

「おいおい...いきなりだな」

「ふぇへへ」


そして俺は苦笑しながら幸せそうなほのかを見る。

ほのかは「もっと知りたいです。好きって事を」と言いながら柔らかく俺を抱きしめてきた。

俺は頬を掻く。

それからそんなほのかの腰に手をまわしてハグをした。

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