第2話 女ァ!!

 女はひっくり返り、尻餅をついた状態で後ずさる。俺に円で囲まれた十字架みたいなペンダントを向けた。


「ぎ、儀式と法秩序を持って宣告する、互いに五歩の距離に立ち入らぬこと」


 俺と女の間に青い光の線が二本引かれた。ちょうど女にとって五歩分くらいの幅がある。俺からすれば、足指でくいっとやれば詰められる距離だが。

 これは確か、信仰魔法というやつだ。ノーパソで見た覚えがある。


 信仰魔法は神殿のような拠点で儀式を行い、効果を宿した道具を使うことで、あらかじめ定めた魔法を撃てるようになる、みたいな感じのはず。


 線を越えようとすると、体をぐっと押し返すような反発を感じた。試しにもう一歩進んでみよう。


 パリン。ガラス板を割るような、軽い破砕音が鳴った。反発力が一瞬で消えてなくなる。


「ひぃ!? 信仰魔法をそんな無造作に!?」

「何だこの弱さは……データにないぞ!?」


 たぶんこの女、魔法初心者だ。歩いているだけで壊れる信仰魔法など有り得ないからな。

 初心者の悪魔祓いがトコトコ森に出て、ザコデーモンを倒していたところに墜落してしまったようだ。だが好都合。異世界転生して5年目にして、ようやく人間に会えたのだから。


 俺はニカッと笑みを浮かべ、もう一歩近づいて言う。


「驚かせてすまなかったな、女ァ! 人間の集落がこの辺りにあると聞いた。案内してくれないか?」

「い、言えません!」


 女は半べそをかきながら、一生懸命首を横に動かす。涙と鼻水がぴちぴち飛んだ。


「言えません? よそ者は入れないということか?」

「ど、同胞を売ったりはしません! 情報を聞き出されるくらいなら、ここで死を選びます!」


 すらりとナイフを抜き、自身の首に押し当てる。何か勘違いされているようだ。


「落ち着いてくれ。話せばわかる。俺はただ、データをこよなく愛する無害な人間だ」

「データって何ですか!? 私が知っている言葉とは違う……何かこう、もっと禍々しい物の気がします!」

「データはデータだ!」

「知らない! 怖い! データされる前に死んでやる!」


 データの良さが分からない未開人の女がナイフを引く前に、俺はさっと指先でつまんで取り上げた。ちゃちなナイフである。親指と人差し指でくるくると丸め、最後にきゅっと押し潰した。


「自分を傷つけるんじゃない。ほら、返すぞ」

「ナイフがコインに!? 終わった、私もくちゃくちゃにデータされるんだぁ!」

「落ち着け、話せばわかる!」


 なんとも話の通じない相手だ。もしかすると、この世界の人間は極端に知能が低いのかもしれない。可哀想に。

 

「俺の名前はエグゼル。敵意はない。ほら、この通り」


 両手を挙げ、降参の姿勢だ。

 じょろじょろじょろ……。なぜか女の下から水音が聞こえた。


「終わった……。両手を高く挙げ、上段から圧を掛けつつ、胴体はがら空きにすることで格の違いを見せつける『天下無双の構え』……」

「話が進まん、どうすれば良いんだ」


 全部悪い方に進んでいる気がする。これだから異世界は嫌なんだ。

 頼りになるのはデータだけ。俺はノーパソで現在地と近くにある人間の集落を探した。どうやらこの辺りは魔物が頻繁に出没する森で、近くに開拓都市というものがあるらしい。


「なるほど、西に進めば開拓都市か」

「げっ」


 空を見上げる。この世界でも太陽が沈む方角が西だったはず。

 太陽は右の方……現在時刻も季節も緯度も分からないため、意味がなかった。


 適当な方向に歩き出そうとしたら、女は露骨に安堵の表情を浮かべる。

 ――ハズレっぽい。


 くるりとターンして反対側を向くと、女の顔が引き攣った。


「なるほど、こっちか」

「だ、ダメです! 行かせません!」


 子鹿のように震える脚で立ち上がり、俺の太ももにしがみついてくる。が、体重が軽すぎて話にならない。リスがよじ登っているような気分だ。

 俺は気にも留めず、ずんずん歩く。


「止まって! 止まってぇええ!」

「おい」

「ひぃ!? な、なに!? なんですか!?」

「おっぱい当たってるわ」

「そんな場合じゃ無いんですけど!?」


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