【完結】片想いの漸化式
もかの
本編
第1話 付き合いたいんだッ……!!
「『孤高の姫』と付き合いたいんだ……ッ!!」
「はぁ……」
昼休み。宮田高校の食堂にて。
──『孤高の姫』改め、
成績優秀、才色兼備、その他この世のすべての『清楚』を詰め込んだかのような高校一年生。
クラスメイトに自ら話しかけに行くことはほとんどなく、休み時間は自分の席で本を開いている。
そんな姿も、雑誌の撮影かと思うくらいに美しく、律が言っていたように周りからは『孤高の姫』と囁かれている。
「なんだその『興味ねぇ……』みたいな返事!」
「残念。正確には『マジで興味ない』でした」
「さらに悪化だとっ!? 俺は真剣なのに……!」
律はうぇーん!と泣き真似をする。そんな様子を、箸で持ち上げたうどんを冷ますようにふーっと息を吹きかけながら湊は眺める。
(真剣って言われたって……ねぇ?)
「玉砕した男子が何人いると思ってんだ……」
美怜の現実離れした美しさに初心な心を撃ち抜かれた男子が、律だけなわけがない。
現在九月。一学期が始まってからはまだ五ヶ月程度しか経っていない。
それなのに、美怜への告白人数──改め、玉砕人数は三〇人を超えているというのは、この学校でも有名な話だ。
最近は、「付き合える可能性を残したままでいよう……」という謎の思考に行き着いた男子が増えてきて、告白回数も減ってきているらしい。
(どういうことやねん……)
「うっ……そんなこと分かってるけど!! この恋心は抑えきれないんだっ!!」
「分かってんのかよ。でもそれ、抑えた方がお前のためだろ」
「辛辣すぎる。でもその通りすぎる」
律はガクッと項垂れる。
感情が全て動きで分かる。これこそ律だ。
「ってか、
「いや、そんな軽々しく人生のパートナーになるかもしれない相手を決めたくねぇよ。可愛いのは……まぁ、認めるけど」
「お前聖人すぎるって。良く言えばヘタレ」
「悪く言ってんだろ、それ」
湊はむすっとしながらツッコミつつ、
「さ、帰るか」
「おい待ってくれよー! もうちょっと俺の相談に乗ってくれよーっ!」
「あきらめろ」
「五文字の解答。ふっでも、そんな言葉じゃ俺の『孤高の姫』への恋心は止められないぜ!」
「なら相談要らないじゃん。せいぜい、勝手に頑張ってくれ」
湊は聞こえていないだろうと思いつつも、食堂のおばちゃんに「ごちそうさまでした」と言い、流し台に食器を置く。
律も湊に続けて「ごちそーさん」と一言。
そして、同じ教室への帰り道。
「そういや」
「ん?」
「七瀬さん。『孤高の姫』って呼ばれるの好きじゃないらしいから止めとけ」
「マジ? それなら止めるわ……って、なんでお前が知ってんの?」
「……前に、風の噂でちょっと」
「へぇー、俺それ初耳だわ。ま、これから気をつけるか」
◇ ◆ ◇
その日の夜のこと。
『死ねええええええええ!!!!』
通話越しに一人の女子がシンプルかつ、えげつない暴言を吐いていた。
その対象は、今湊とともにプレイしているFPSゲーム『FLOW』で交戦中の敵に対してだった。
『これで──ッ! よぉっし、やったああああ!! チャンピオンだー!! あー、スランプ抜け出せたぁ!』
「それはそれは、めでたいことで。それはそうと、さっきものすごい暴言吐いてましたが」
『──こほんっ! 湊くん、なんのことですか? 私は暴言なんてそんな……言わないですよ』
彼女ははっとした様子で一つ咳払いを挟むと、プレイ中とは打って変わって、透き通るような綺麗な声で答えた。
いわゆる天使モード。同級生たちで言うところの『孤高の姫』モード。
そう。
通話越しに「死ねええええええ!!」と言っていたのは、何を隠そう昼休みに律が「好きだ」と言っていた──七瀬美怜であった。
表では清楚でお淑やかな超絶美少女だが、その実、裏では感情的になりすぎる生粋のオタクゲーマーなのである。
「そういえば、今日友達が七瀬さんのこと好きって言ってたぞ」
『いつも言ってるけど、私のことは『ななみれ』とか『みれちゃん』とかでいいって。苗字呼びは堅苦しいじゃん』
「だからって、なんでただの呼び捨てって選択肢が無いんだよ」
『まぁまぁ。それでなんだっけ? また告白? 私恋愛に興味ないのに?』
湊と美怜がこうして毎日通話しながらゲームするようになったのは五月。
その時から、美怜はずっと「恋愛なんなん」と言い続けていた。
告白してた男子たちがあまりにも可哀想すぎる。
「興味ないってこと、学校で絶対に言うなよ……」
『あー、はいはいいつもの理由ね』
「うむ。今まで告白してきた男子どもが落胆のあまり何するかわかんねぇ」
玉砕すると分かっていても告白する覚悟を持っていた狂戦士どもが何するかとか、想像できないし想像したくもない。
はは、と湊は苦笑いする。
──と。
『一緒にゲームしてくれる湊くんがいるだけで、別にいいんだけどなぁ……』
ピッ
「ゲッホ! コホコホッ!」
湊は即ミュートにして、美怜にバレないように咳き込む。
美怜は恋愛に興味が無さすぎるせいなのか、最近何気ないタイミングで無自覚にこういうことを呟くようになったのだ。
こんなにも「心臓に悪い」という言葉が似合う状況を、湊はまだ他に知らない。
今までの湊なら「はいはいそうですねー」と軽く返していた。あしらっていた。
だが、最近ではなぜか美怜にドキッとしてしまい、うまく返事できない。
その原因もなんとなく自分で分かっていた。
(…………やっぱ、美怜のこと好きになったのかもしれない……)
今日、湊が律に言った『『孤高の姫』のこと好きじゃない』という言葉も、決して嘘ではない。
湊が好きなのは『孤高の姫』という人前で振る舞っている姿ではなく、『七瀬美怜』という一人の女性に対してなのだから。
(…………と、思う)
だが、告白とはをするつもりは、湊にはさらさらない。
なぜなら────
『え、え、湊くんドキドキしちゃった? ねぇねぇ、私に惚れちゃう?』
(出たぁ……)
毎度恒例、美怜のニヤニヤ全開の煽り文句。
「こんな煽られるというのに、誰が「惚れた」と頷くものか!」湊はいつもそういうマインドなのであった。
「死ねとか言ってる人に惚れねーよ」
『えー、こんな美少女なのに?』
「それはそうだけど、自分で言うなよ……」
学校の男子がこの美怜を知ったらどうなるものか。想像するだけで恐ろしい。
生徒たちにとって、『お淑やかで可愛い女性』=美怜なのだから。
(まぁ、七瀬さんは恋愛に興味ないんだし、悶々とするだけ無駄なんだけどな)
「次の試合行くか」
『……おっけー』
「ん? どーした?」
『なーんでも!!』
────一方その頃。
(惚れちゃって、くれないのかなぁ……こんだけ攻めてるのに)
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