第30話 涼城しろ

 怨嗟を滲ませる声だった。

 間違い無く、恨む者の声色だった。

ただ、問題があるとすれば――


(え? 誰)


 一樹自身、その少女に、見覚えがないことだ。

 実際には、同じ配信者の端くれとして、彼女のことを見たことはあるのだろうが――恨みを買うようなことをした覚えはないのだ。

 ゆえに。


「あの、もしもし。俺、何かやっちゃいました?」

「は? なに無自覚最強ムーブかました主人公みたいなこと言ってんの?」


 恐る恐る聞いたら、じろりと睨まれた。

 無自覚最強ムーブがどうのとか、一樹にはさっぱりわからないが、とにかくこの状況は好ましくない。

 身に覚えのないことで睨まれるのは、一樹としても勘弁願いたい。


「よくわからないんだけど、俺としては君とも仲良くしたいんだ。嫌なとこがあったら治すから、遠慮無く言って欲しい」

「そう。じゃあ存在そのものが嫌だから量子レベルで消えて」

「それはちょっと遠慮がなさすぎない!?」


 ツンと澄ましたままの少女に、一樹はたじたじになる。

 嫌われるのは仕方ないことだが、理由もわからずに、となると一樹としても良い気分にはならない。

 ここは、ちゃんと理由を聞きたいが、この様子だと答えてくれるかどうかすら怪しい。


(まいったな)


 幸先不安なコラボイベントになりそうだと、一樹が内心ため息をついた――そのときだった。


「あれ? しろちゃんと……イヌガミさん。こんにちは」


 不意に、鈴を転がすような美声が響く。

 顔を見るまでもなく、誰かは一発でわかった。思わず聞き惚れてしまう美声だから、間違うはずもない。


「あ、葵さん」


 一樹は振り返ってその姿を確認し、少女の薄青の瞳を見据える。

 だが、そこから先の言葉が出てこない。


(落ち着け。あのとき、困らせちゃったこと、ちゃんと謝罪するって決めただろ)


 ある意味で言えば、そのためのイベント参加だ。

 彼女と出会って日は浅いが、それでも彼女は悲しませたくないと、一樹はそんな風に思っていた。

 だから。


「あ、あの!」


 接着剤で塗りかためられたような喉をこじ開け、謝罪のことばを口にしようとした――そのときだった。


「俺――」

「お、お待ちしておりました! 帆艇葵しゃま!」


 その歓喜と羨望と憧憬、あと感極まりすぎて盛大に噛んだ声音が、あのどこまでも冷え切った声音と同じであることに、一樹は一瞬気付かなかった。

 横を見れば、見知らぬ少女がいる。いや、その顔はたしかにあの氷のような少女のものなのだが――纏っている雰囲気が全然違う。

 まるで、祈りを捧げるシスターのように恍惚とした表情を浮かべ、目尻には涙すら浮かべている。


「もー、様なんて大袈裟でしょ。しろちゃん。私のことは、葵って呼び捨てでいいのに」

「と、とと、とんでもございません! 天下の帆艇葵様を呼び捨てなど恐れ多い! 私、涼城しろ、葵様のご尊顔を拝謁できまして感激の極みです!」


 自身のことを涼城しろと名乗った小柄な少女は、手でひさしを作って顔を隠す最敬礼をとりつつ応じる。

 

「えー……」


 明らかにさっきとはキャラが180度違う様子に、一樹は困惑を隠せない。

 ひさしを作っている手に、のすら、気にならないくらいの豹変ぶりだ。

 

「今日は頑張ろうね。しろちゃん」

「~~~~ッ!!!!」

「え。ちょっとどうしたのしろちゃん。目開いたまま凄い量の涙が流れてない?」

「だ、大丈夫です。葵様からの慈愛に満ちた激励に、私の涙腺がむせび泣いているだけです」

「お、大袈裟だよ。ていうか、そんなに泣いたら脱水症状になっちゃうよ?」

「問題ありません! 葵様への感激でそうなるならばむしろ本望!」


 大量の涙で周りに滝をつくっている涼城。

 そんな彼女を遠巻きに眺めていた一樹は、ようやく事態に理解が追いつくところだった。


「なるほど。なんとなく、あの子が俺を嫌ってる理由がわかった」


 涼城しろという少女は、帆艇葵に心酔している。それはもう、ズブズブに浸かった上で高笑いしてるくらい、どっぷりと。

 であるのなら、イヌ×アオとかいうふざけた非公式カップリングを作られた一樹に納得がいかないのも仕方ない――のかもしれない。

 いずれにせよ、向こうからの高感度は0どころかマイナス10000スタートだ。

 それはともかくとして、だ。


「うん、まあ、なんというか……あの子って、あれだな」


 困惑する葵の前で祈りを捧げ始めた少女を半眼で見つつ、一樹はぼそりと呟く。


 第一印象――ナイフのような目を向けてくるヤバい奴。

 今の印象――帆艇葵に心酔しているヤバい奴。

 結論。


「すごくヤバい奴だな」


 一樹は、ハイライトの消えた瞳で、そう嘆くしかなかった。

 

 

 

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