第三章 配信イベントでの騒乱

第27話 「行ってきます」と言わせてください

 様々な思惑を孕んだコラボ配信当日がやって来た。

 大手事務所のファイブ・クローバーが主催ということもあり、またタイムリーな話題であることもあって、コラボ配信について様々な憶測が日本中を飛び交っていた。

 主な参加者は、帆艇葵とイヌガミ、加えてファイブ・クローバーが声をかけた大手事務所の人気配信者や、フリーで今勢いのある配信者など、計12名。


 当然、今をときめく人気配信者たちである以上、全員が全員予定が噛み合って参加することなどできようはずもない。 

 なので、ファイブ・クローバー側としては半分も参加してくれれば御の字程度で見積もっていたが――蓋を開けてみれば、12人全員が参加することとなった。

 

 中には、元々入っていた予定をドタキャンしてまで、こちらに参加することを決めた者までいる。

 ある意味で言えば、当然のことではあった。

 知名度を上げる意味でも、他事務所とのコネクションを持つ意味でも、かつてないほどのビッグイベントなのだ。

 参加を見送る理由がない。


 そんなわけで、このコラボイベントは、ダンジョン配信至上、かつてないほど注目される大規模イベントとなることが予測され、巷は大いに盛り上がっていた。


 そんな一大イベントを前に、一樹は当然緊張して――


「はいお兄ちゃん ハンカチとティッシュ持った?」

「うん、持ったよ。じゃあ行ってきま――」

「靴は磨いた? あーもう、後ろ寝癖ついてる!」

「それはちゃんとトイレでなおしておくから。行って――」

「忘れ物はほんとにない? お見送りは駅までで大丈夫?」

「ここで大丈夫だから。もう行――」

「知らない人についてっちゃダメだからね? 何かあったらすぐ連絡すること。1人で無茶しちゃダメだよ? 忙しいからって食事抜かないように。あと、身バレが怖いからちゃんとマスクしてくんだよ? わかった? それから――」

「ねぇもう行っていいかな!?」

 

 ――オカンモードとなった妹に翻弄されていた。

いざ出陣しようとして、玄関で長々20分である。

緊張なんてしている暇もなかった。

 何を隠そう、真由は世話を焼きたがる傾向にある。いや、変なところで天然をかます兄が心配だからという理由でもあるのだが。


 しかし、いつまでも夫婦漫才ならぬ親子漫才(中身は兄妹)をしている場合ではない。

 じゃないとマジで遅刻する。

 

「むぅ……トラブルメーカーのお兄ちゃんには、まだ言い足りないことが37個あるのに」

「リアルな数字が逆に怖いんだけど!?」


 頬を膨らませる妹に対し、一樹は戦々恐々とするしかない。


「心配しなくても大丈夫だよ。それとも、そんなに兄ちゃんが信用できないか?」

「うん」

「即答!? 待って1秒の迷いすらなし!? なぜゆえにWHY?」


 思わず目を剝いて叫ぶ一樹。

 真由は一度、はぁ~と盛大にため息をついてから、


「だって、身の丈に合わない相手と戦って死にかけるし」

「うっ」

「知らないうちに迷惑配信者やってたし」

「ぐっ」

「言い訳のそこかしこでボロが出てるし」

「ぐはっ」

「私との約束破って、1人でSSランクのモンスターなんかに立ち向かうし」

「ぶほぁ!」

「葵さんをうっかり作ったキャラで助けて変なフラグ立てるし」

「うっ、ぐあ!」

「ていうか、それ全部日本全国に筒抜けになってた時点でもう、ね」

「……」


 一樹はもはや沈黙していた。

 玄関に蹲っての、完全なる沈黙である。

対して、真由は表情筋の死滅した顔での仁王立ちだった。

物語序盤で主人公の前に現れて蹂躙していった魔王みたいな感じで、である。


「……ま」

「ま?」

「まことに申し訳ございませんでした」


 自分が信用ならないトラブルメーカーであることを突きつけられた一樹は、震える声でそう言うしかなかった。


「と、とにかく。身の程はわきまえるよう努力するよ」

「うん、そうして」


 なんとか立ち直った一樹に、真由は満足げに頷く。

 

「それじゃあ、俺はもう行く――」

「あ、待って!」

「まだ何かあるの!?」


 もう勘弁してとばかりに、一樹は若干涙目になる。本格的に遅刻しそうだ。

 だが、次の瞬間。

 ふわりと、一樹の鼻腔を甘い香りがくすぐった。同時に、温かい何かが身体を包み込む。


 ――真由だった。

 不意に、一樹の胸に身体を埋めるように抱きついたのだ。


「真由?」

「行ってらっしゃいのハグ」


 胸に顔を埋めたまま、真由はそう呟く。

 そんな妹の姿に、一樹は小さく息を吐いた。

 昔から、何かと真由の方がしっかりしていて、精神年齢も上なのだが――こういうところは、似つかわしくなく甘えたがりだ。


 身体を離した真由は、僅かに上目遣いで微笑みながら「行ってらっしゃい」と告げる。

 一樹の方もまた、小さく微笑んで「行ってきます」と告げ、玄関の外へ出た。


「さて……行くか」


 妹にパワーを貰い、清々しい気分で駅へ向かって歩き出した。


「お、お兄ちゃん! あれほど行ったのにお財布忘れてるよー! かむばーっく!」

「…………」


 

 

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