第26話 葵の恋心
――時を同じくして。
当然、この異例のコラボ配信は帆艇葵の元にも届いていた。
半ば強引に事務所側が決定したことであるが――葵側が二つ返事で了承、とはさすがにいかなかった。
何せ、昨日あれだけのことがあったのだ。
それをすべて水にながして……みたいなことはできなかった。
「それで、私に相談したいと」
「うん、ごめん」
昼休み。
人気の無いところに呼び出された里奈は、親友である葵の頼みを受けて難しい顔をしていた。
「その……昨日、配信で何があったかは知ってたりする?」
「もちろん。まさか天然で「離れないでください」とか言うとは思わなかったよ。いやー、私の親友は恐ろしいねぇ」
「うぅ……」
「ごめんごめん! からかいすぎた! マジに涙目になられるとこっちが焦るって!」
慌てて謝罪した里奈は、小さくため息をつくと、
「で、要するにあのイヌガミって人に合わせる顔がなくて、気まずいんでしょ?」
「……うん」
葵は、頬をわずかに朱に染めて頷く。
まあ、あれだけのことがあったのだから里奈とてなんとなく予想はできていた。
しかし同時に、解せない点もあった。
「でも、葵ってさ。これまでなにかトラブっても、持ち前の誠実さでなんとかしてきたじゃん。それと同じようにすればいいんじゃないの?」
そう。
葵には、以て生まれた類い希なる誠実さと優しさ、そして純粋さがある。
それゆえに人一倍責任感が強かったり、同年代の女子からやっかみを受けたりもするのだが……それでも、最後にはなんだかんだで解決してきた。
今回、ここまで悩んでいるのは、彼女らしくないのだ。
「あ、あのね里奈ちゃん」
「ん?」
「私自身も、その、よくわかってないんだけど」
葵はもじもじと手を擦り合わせて、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「ほんとは、今すぐにでも謝りたいの。いろいろ迷惑掛けてごめんなさいって。でも……もし、嫌われてたらって思うと、怖くて。今までも同じことを思うことはあったんだけど、今回は特にそう思っちゃって……だから、勇気が出ないの」
「! それって……」
心なしか頬を染めて心中を打ち明ける葵を前にして、里奈は心当たりに頬を緩めた。
何事にも誠実に向きあう葵が、答えを聞くのが怖くて足踏みをしてしまう相手。それほどまでに、葵の心に深く影響を与えた相手。
(ほ~ん、へぇ~、ふ~ん)
里奈の心に、好奇心という名の火が灯る。
十中八九、葵はイヌガミとやらのことが好きだ。それは、微かに潤んだ瞳と、彼女らしくない臆病な発言から明らか。
(まあ、本人は自覚してないみたいだけど)
これは親友である里奈だから知っている事実。
葵には、これまでいわゆる“恋”の経験がない。
そんな小説みたいな……と思うかもしれないが、目の前にそういう人がいるのだから、仕方ないだろう。
万年発情期の高校生(失礼だし偏見)には、珍しすぎる逸材だ。
まあとにかく、そんなわけで葵はめちゃくちゃモテるものの、これまで告白をOKしたことはない。
そんな葵に、思い人ができた。
いや、恋が実るのを大輪の花が咲くと表現するのならば、今はまだ芽生えたばかり。
であれば――
(私がその恋心を育てる!)
親友の気持ちをサポートするのは、親友としてすべきことだろう。
「なるほどなるほど。葵が言いたいことはわかった。その上で、私からひとつアドバイスをしてしんぜよう」
「あ、ありがとう。それで、私はどうしたらいいかな? や、やっぱり参加すべき……だよね」
自信なさげに呟く葵。
「そりゃあ、今は気まずいかもしれないけど行った方がいいよ。だって、葵の性格的に絶対後悔するでしょ? 「あのとき行っておけば~」って」
「う……」
図星で反論できず、葵は押し黙る。
「でも……」
「わかってる。普通に会うのが気まずいんでしょ? だったら……多少捻りを加えればいいのよ」
「捻り? どうやって」
「例えば――」
ごにょごにょと、里奈は葵に耳打ちする。とたん、葵の目が大きく見開かれた。
「そ、そんな手が……!」
「そうそう。これならあのイヌガミくんもイチコr……許してくれるはずだって」
「うん、私、頑張ってみるよ! ありがとう!」
葵は、純粋無垢に澄み渡った瞳で、親友に礼を言う。
(うっ……なんかちょっと罪悪感があるけど、まあ葵の気持ちを成就させるためだもん。気持ちを自覚してからアタックじゃ、イヌガミさんの人気度から考えて遅すぎるし……第一この子、気持ちに気付いても絶対アタックしないだろうし)
里奈はジト目で葵を見つめる。
葵のことだ。仮にイヌガミのことを好きだと認めても、「私じゃ釣り合わないよ」とか「他に相応しい人がいるから譲る」とか諦めたような笑みで言うに決まってる。
(恋においてはちょっぴり先輩の私から言わせて貰うと……恋は戦いだよ、葵)
ラブコメ漫画じゃないのだ。恋は大体先に告白した方が勝つ。だって、相手の隣にあるたった一つの席を奪い合う、イス取りゲームなのだから。
ならば、彼女のように奥手な人間は、自覚してないうちからアタックをかけていくしかない。
「というわけで、当日は頑張ってね! 葵!」←(恋を)
「うん、頑張るよ! 里奈ちゃん!」←(謝罪を)
そんな感じで、どこか会話が噛み合っていないまま、コラボ企画当日がやって来る。
そして、その配信で――これまで以上の波乱に巻き込まれていくなどと、葵も一樹も、このときはまだ知るよしもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます