第21話 一樹の欲

 「お金のためですよ」


 きっぱりと、隠すことなく一樹はそう言った。


「お金……ですか?」

「はい」


 葵の問いかけに、一樹は首肯する。


『がめつい』

『お人好しも所詮は人だったか』

『だが真理』

『金のためとかしょうもなくて草』

『金の亡者じゃん』


 チラッとチャット欄を見ただけでも、視聴者の反応は大方一樹の予想通りだった。

 そりゃそうだ。どんなご大層な理由があるかと思えば、お金のためときた。でも、現実なんてそんなものだ。

 ご大層なお題目で、好きなことをしつつ、人に褒められるような人間になるなんて、できるわけがない。


「笑いたければ笑って大丈夫です」


 自嘲気味に言う一樹に、しかし。


「笑うわけないじゃないですか」


 葵は、真っ向から真剣な眼差しで否定した。


「お金のため。立派な理由です……少なくとも

「……」


 一樹は、無言で彼女の言葉に耳を傾ける。

 途中、引っかかる発言があったがあえて問い返さなかった。濁したということは、たぶん今ここで聞くべきではないのだろうから。


「それに……お金のためってことは、同時に欲しいものがあるってことです。だって、お金って価値のあるものを手に入れるための切符で、価値そのものじゃないんですから。だから……イヌガミさんが頑張っているのは、たとえ妹さんに隠れて、苦手なキャラを演じてでも、欲しいものがあるからってことじゃないんですか?」

「!」


 核心を突く葵の言葉に、一樹は息を飲んだ。

 図星だった。一樹には、欲しいものがある。何がなんでも、手に入れなければならない欲しいものが。


「……妹が笑って暮らせる未来が欲しい」

「え?」


 自然に一樹の口からこぼれ出た本音に、葵は小さく声を上げる。

 一樹は僅かに苦さを含んだ笑みを浮かべ、


「詳しいことは話せないけど、俺と妹はほぼ二人暮らしの状態なんですよ。母はいるんですが、事情が少し複雑で……進学のお金とか、将来のための貯金とか、いろいろ必要なんです。だから、せめて妹が進みたい道に進めるように……気兼ねなく、友達と笑って過ごせるように、家族として精一杯支えたい」


 一樹と真由は、片親だ。

 二人がまだ小さい頃、父親が死んだ。物心つく前だったが、当時のことは今でも鮮明に覚えている。

 ろくでもない父親だった。

 酒浸りで、母に暴力を振るう音と怒鳴り声が絶えることはなく、博打で擦って多額の借金まで抱えていた。


 そんな父が酒の飲み過ぎで倒れ、帰らぬ人となってから知ったことだが、どうやら職場環境が劣悪なものだったらしい。

 内弁慶と言うにも酷すぎるが、そのストレスを博打や酒、家族へ向けることで無理矢理発散していたのだと、今では冷静に考えたりもするのだが。


 とにかく、父が生きていても死んでいても、母の負担が軽くなることはなかった。

 残された借金。まだ自分で働ける歳では無い二人の子ども。心の傷が癒えぬままに、母は女手一つで家計を支え、支え、支えて――2年前に、過労で倒れた。


 母は今、病院で復帰のための治療を続けていて、復調の兆しを見せているが、まだ社会に復帰できるほどじゃない。

 

 それが、一樹の家族の現状だった。

 決して、幸せな人生とは言えないだろう。

 母が入院していて、普段は兄と妹の二人きり。借金は以前のSSランクモンスターを倒した賞金とあわせれば、ようやく返済といったところだが、それで終わりというわけではない。


 一樹は、真由のことが大好きだ。

 シスコンと言われようが否定できないレベルで。だから、人並みの幸せの中で生きてこられなかった真由には、これから先の人生を幸せに生きて欲しい。

 良いところへ進学して、可愛い服を買って、友達と映画館に行って――そんな、誰もができる当たり前の幸せを噛みしめてほしいのだ。


 幸せのすべてがお金で買えるわけじゃない。

 でも、せめて彼女の笑顔が絶えないように、日々の何気ない幸せを買って欲しい。

 それが、兄として、一樹がなによりも欲しいものだった。


「幸せを買うのにはお金が要ります。諸事情でちょっと家計がキツいので……学生の身で一番実入りがいい活動って考えたら、これしか思いつきませんでした。でも、反省することが多すぎますよ。昔、身の丈に余るヤツと戦って死にかけて、妹に大泣きされましたし……迷惑系配信者としての活動だって、誰かを傷つけてるわけですから」

「イヌガミさん……」


 苦笑する一樹を、尊敬の眼差しで見据える葵。

 一樹とて、数千人が見ている前で家庭の重苦しい事情を明かすような恥知らずではない。そもそも、それで同情が欲しいわけでも無かった。

 これは、妹に幸せでいてほしいという我が儘でしかないのだ。


 だから、一樹にとっては自己満足でしかなく、まして誇れるようなものでもない。

 ゆえに、謙遜混じりに言うだけだったのだが――


 はっきりと言おう。猛毒だった。

 いや、聖水と言ってもいいだろう。ただし、この場合――穢れた者達にとっての、という冠がつくが。

 すなわち、


『おにいちゃぁああああああああん!』

『泣いた! 全米が泣いた!』

『おい誰だ、さっき「がめつい」とか「金の亡者」とか言ったやつ!』

『いたい! 心が痛い!』

『人間としての格の違いを見せつけられた……』

『俺達は生きている価値もないゴミ屑以下のカス……』

『俺、これまでニートだったけど卒業する。母ちゃんに感謝して明日から頑張る』

『おいそれやらねぇパターンだろ』


 穢れた心の持ち主にクリーンヒットした。

 チャット欄はもれなく瀕死だった。だが、それを一樹が知るよりも前に――


「……ん?」


 不意に、不穏な気配が立ちこめた。

 濃密な緊張感。


「どうしました?」


 眉をひそめる葵に「静かに」のジェスチャーをしつつ、一樹は答える。


「――モンスターです」


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