第22話 アイドルと背中合わせで戦います
二人が歩いてきた横幅の広い通路をぐるりと見まわして、一樹は声をひそめて呟く。
「……囲まれてますね。前方に2体、後方に2体。左右にそれぞれ1体ずつ」
前の警戒をお願いしますと告げ、一樹は素早く葵の背後に回る。彼女の小さな背に自分の背を預ける形で、油断なく構える。
(す、すごい……)
前を警戒しながら、葵は内心で舌を巻いていた。
今ようやく、敵が近くにいることに気付いたのだ。しかし、それも敵に囲まれてると、漠然とわかっただけ。
どういう配置で何体いるかまでは、とてもわからない。
(敵の察知は、命を張る冒険者にとって必要不可欠な能力。でも……ここまでの人は初めて見た。一体、どれだけ経験を積んでるの?)
あるいは、絶対に命を失うわけにはいかないと強く思った過去があるから、その能力を高めてきたのか。
「きます!」
「……っ!」
一樹の言葉に一拍遅れる形で、葵も殺気が動き出すのに気付いた。
『『『オァアアアアアアアッ!』』』
前後から襲いかかってきたのは、ハイドゥン・ウルフ。
その名の通り、隠密に長け、群れによる奇襲で敵を仕留めに行くことに特化した狼型のモンスター。
スケルトン・ビーのように透明になれるわけではないため、あくまでランクCに設定されているが……それでも、なめてかかれば殺されかねない危険なモンスターだ。
「ウォーター・バレット!」
本来後衛職の
焦らず堅実に、水の魔法を唱える。
全開壊された杖に変わり、予備としてもっていた一回り小さな杖の先端に青い光が蓄積。一気に弾け、前方から迫り来るハイドゥン・ウルフの眉間を狙い過たず射貫く。
「……さすが」
目の前にモンスターが迫っても冷静に対処できている事実に一樹は感嘆しつつ、気は抜かない。
『『ウォオオオオオオン!』』
目の前から同時に迫り来る二体を視界に捉え、腰を僅かに落とす。
そして、飛びかかってきた二体にカウンターを合わせるように、回し蹴りを放った。
『ギャンッ!』
予期していなかった真横からの攻撃に、ハイドゥン・ウルフの身体がくの字に折れ曲がり、真横へ吹き飛ばされる。
更に、弾き飛ばされた方向にちょうどいたもう一匹を巻き込んで、壁に激突した。
「ウィンド・カッター」
間髪入れずに風の刃を生み出し、重なった二匹へトドメを刺す。
「す、すごい……」
あまりにも鮮やかな手並みに葵は感嘆の息を漏らす。が、今は戦闘中。瞬時に意識を切り替え、周囲の敵へ目を向ける。
「残りは三匹……! そこっ! ウォーター・ボム!」
暗いダンジョンの中を過ぎった影へ向け、葵は魔法を放つ。刹那、放った水魔法が破裂する。
『ギャン!』
爆風が直撃したわけではないが、地面がえぐれて撒き散らされた瓦礫の散弾が、ハイドゥン・ウルフを穿ったのだ。
手榴弾は、爆風で相手を倒すのではなく、飛び散った鉄の破片で相手を死に至らしめる。それと同じか。
「反対側にもいる……よね!」
葵は即座に振り返り、今まさに飛びかかろうとしていたハイドゥン・ウルフへ杖の先端を向ける。
「ウォーター・カッター!」
青の斬撃が虚空を割いて飛翔する。
半月型に圧縮された水の刃は、瞬く間に彼我の距離を消し飛ばし、ハイドゥン・ウルフの首をはね飛ばした。
「あと、一匹……!」
一樹の前で、無様な姿は見せられない。
昨日助けられたんだから、今日は私が助ける番だ。
その意気込みが、葵の頭の中で駆け巡る。だから、最後の一瞬。その一瞬だけ、周囲への警戒がおろそかになっていた。
「あ、れ……あと一匹、どこ」
いない。
どこにも見当たらない。さっきまで、確かに位置を把握していたはずな――
「上だ!」
怒号にも似た少年の声が響く。
一樹のものだった。
慌てて頭上を見るが、もう遅い。天井に張り付いた最後の一匹は、仲間を殺された恨みを込めて、その鋭い爪を葵に振りかざし――
「させねぇええええええ!」
刹那、一樹が吠えた。
振りかざした手に風の刃が踊り、殆どなぐりつける形でハイドゥン・ウルフを襲う。
ハイドゥン・ウルフの爪が少女の柔肌を割く、そのほんの少しだけ早く、空中でハイドゥン・ウルフが細切れになった。
頭上から、血と肉片が振ってくる。さっきまで、“死”の形をしていたそれが。
「……あ」
呆然自失する葵の膝から力が抜け、そのまま地面に倒れ込みそうになる。
が、倒れる直前でなにかに支えられた。細いのにがっしりした腕だった。
頭上を影が多い、葵の顔にかかるはずだった“死”の残り香から彼女を守る。
葵の身体には、傷一つ無い。
それどころか、細切れになった敵の返り血の一つすら浴びることは無く――
「ったく。心配させんな、葵!」
切羽詰まったような、乱暴な声が振ってくる。
それは、迷惑系配信者として活動しているときの口調そのままで。同時に優しさも秘めていて。
何より、彼女のことを雄々しく呼び捨てで呼んでいて。
「~~~~ッ!」
次の瞬間、許容量を超えた葵の思考が、真っ白にスパークした。
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