第15話 マッカード領って終わってるじゃん
「本来、孤児の保護は、聖堂や、場合によっては町の行政が担います。ですが、この町においてはそうではありません」
ジケイラの町の夜風に吹かれながら、コクヨウはそう言った。人気のない道に、コクヨウは魔術の明かりを浮かべながら先を歩く。その後ろをゼラがとぼとぼとついていく。
「……どういうことですの」
やがて、ゼラが絞り出した声はあまりにも細く、風に揺れる木々のざわめきにかき消されてしまいそう。
「この町の孤児院の資金は、ニイハー夫妻が集めた町の人の善意の募金や、孤児たちの就職先から支払われる紹介料などです。勿論、就職先も厳選し、子供達の未来に繋がるものになるようにしています。人身売買とは違います」
もっとも、人身売買の様なことができていれば、あんなに貧乏ではないでしょうから、とコクヨウは付け足した。
「そんな、フリクシア家はわたくしの商会から贅沢品をたっぷり買い込んでいますわ。そこから五パーセントでもあの孤児院に分配できれば……」
「たっぷり買い込んでいるから、できないのでしょう。町の聖堂も、本来なら寄進や行事の運営で集めた資金で孤児の面倒を見るのが通例ですが、ここではフリクシア家へ上納するのに必死で、いわゆる福祉的機能は果たせません」
「そんな……ありえませんわ」
「フリクシア家は自分達の資産の増大と、身の回りを着飾ること以外に興味はないのです。今回の暗黒騎士騒動も、武力を増強し、領民に圧制を布き、より税を搾り取る理由程度にしか考えていないでしょう。黒歴史ノートを回収し暗黒騎士を討伐した後は、見せしめに殺した後、再発防止としてより強硬な姿勢をとることが考えられます」
ただ、ゼラに背中を向けたまま、あまりにも平然とコクヨウは言う。
「この状況は異常です。すぐにお父様へ報告しますわ!」
ゼラが足を止めたのに気づき、コクヨウは振り返った。
「無駄ですよ。まさか、ゼラ様はジケイラだけが特別だと?」
「……え?」
「少し考えればわかるはずです。ゼラ商会から、イロット・フリクシアと同じように贅沢品を買い込んでいる貴族がたくさんいるでしょう。その数だけ、このジケイラや、ニイハー孤児院はあるのです。いえ、孤児院がない町すらあります。そんな町に住む子供たちはどんな生活を送っているのでしょうね」
「つまり、わたくしの商会が悪いと言いたいんですの?」
「まさか。ゼラ商会がなくても、彼らは贅沢を止めません。効率よく、かつ資金を温存させて、加速はさせたかと思いますが。それくらいはわかるでしょう」
慰めとも貶めとも違う。ただ、事実として語られるのみで、コクヨウはまるでその渦中にいた人間とは思えぬ落ち着きようであった。
「それから、ご理解いただきたいものです。この暗黒騎士ブームについても。別に、彼らは貴族と戦ってくれるから、だとか、面白可笑しいからというだけで暗黒騎士〈ダークオーバードラゴンナイト〉を支持しているわけではありません。こうでもしない限り、この町や周辺の経済を盛り上げる策がないのです」
あと、気晴らしもでしょうか、とコクヨウは付け足す。
「……」
「それに、町全体で暗黒騎士を支持すれば、誰を疑えばいいのかもわからなくなる。暗黒騎士を支持する団体の代表がいれば、フリクシアをはじめ貴族も黙ってはいないでしょう。それがいないから攻めあぐねている。それがこの町の作戦、というわけです」
ふと、この夜闇が濃くなった。風で流れた雲が、ゆっくりと月を隠していく。
「コスプレか魔術かはともかく、暗黒騎士の出現はゼラ様にとって頭痛の種でしょう。ですが、それにもまた二つの側面がある。あれは人々の希望であり娯楽な反面、その正体が不明であるがゆえに、貴族や王族の関心ごと、或いは敵にまでなっている」
「まったく、貴方が何を言いたいのか、わたくしにはわかりませんわ! ではどうすればいいというのです。商会を畳んでも何も変わりませんし、わたくしに孤児院の後援をしろとでも? マッカード領内の町、そのすべてを?」
吐き捨てるようにゼラは言った。
「確かに、資産に余裕はあります。ですが、十分な教育や環境の整備、衣類や食事を整備しようとしたら、あっという間に底がつきますわ」
それこそ、暗黒騎士騒ぎのせいでゼラ商会の業績は下がり、従業員への給与どころか、取引先貴族との違約金で問題も発生している。保険業者も最近は暗黒騎士騒ぎの損害については難癖をつけて出し渋ろうとすることが多い。
「やると決めるなら、責任が取れるよう万全を期すのが務めですわ。ですが、今のわたくしでは、子供たちの未来を保証することはできません。すると、ゼラ商会全体の事業計画の見直しと、役員、および従業員とも話し合いの場を……」
「ゼラ様」
まるで当てつけのように喋りだしたゼラを、コクヨウは一言でまず抑えた。
「事実をお話ししただけです。院長や子供たちに、ゼラ様の不満が向くことだけは、わたしも我慢ならなかったのです」
執事の拳がぎりり、と固く結ばれた。
「貴方……」
「とかく、今は宿へ急ぎましょう。古いですが、孤児院よりはましな場所がこの先に……」
立ち止まったゼラを促すように、コクヨウは道の先の暗黒へ手を広げた。だが、ゼラは首を横に振って応えた。
「いいえ。行きません。孤児院に戻りますわ」
「お気持ちは察します。ですが、明日にしましょう。もう遅いですから」
コクヨウはゼラに一歩寄り、その前で膝をつこうとした。だが、それをゼラは手で制す。
「ですが、誠意を示さねばなりません。それに、お腹もすいています。出された食事を頂かないなんて無礼をわたくしがしたこともまた、雪がねばなりません」
ゼラは首を振り振り、そしてコクヨウをまっすぐ見つめた。
「ゼラ様……?」
その真意を測りかね、コクヨウはまるで疑うようにゼラを凝視した。それでも、ゼラの眼差しは変わらない。
「安心なさい。もう大丈夫です。敵を見誤っていました。もう一度、院長夫妻と子供たちに会わせてください」
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