第010話 才、静かなる教室

――春の陽射しが差し込む教室。


入学式から数日が経ち、アムたち一年生の生活も少しずつ落ち着いてきた。


その朝、校内放送で静かに伝えられた。


「今年、新入生の中に“悪魔”は確認されませんでした」


この報せに、先生方も生徒たちも安堵の表情を浮かべる。

四年前の悲劇――新入生に紛れ込んだ悪魔による事件――が、この学校に深く傷を残していたからだ。

その影響で、入学式は登校から一週間後に行われる特別な制度が設けられていた。


そしてこの日の授業は、「才について」の初めての学びの日だった。


「おはよう、みんな」


優しい声とともに教室に入ってきたのは担任の元吉ヒミナ先生。

長い茶髪を一つに束ね、白衣風の教師服に身を包む穏やかな女性。


「今日は“才”についてのお話をしましょう。みんなは、自分の“才”を知ってるかな?」


クラスには、すでに親から予想を聞かされている子もいれば、全く知らない子もいた。

「お父さんが赤って言ってた!」「うちのお母さんは緑かもって……」「才って、目で見えるの?」


ヒミナ先生は微笑みながら黒板に色分けされた図を描き始める。


「“才”というのは、生まれたときから持っている特別な力です。

まだ未発達の子もいますが、成長とともに少しずつ目覚めていきます」


先生はゆっくりと、分かりやすく説明を続けた。


「才には“色”があります。これはその才の性質を表すものです。今から紹介するのは、一般的に知られている順です」


黒板に順を追って、色、名と説明が書かれていく。


・白の才:最も発現が不明瞭で、“落ちこぼれ”と称されることもある。しかし可能性は未知数。

・緑の才:癒しや修復の力を持つ才。医療や再生分野に秀でる。

・青の才:念力や精神干渉の力を使う才。観察力と集中力が鍵。

・赤の才:攻撃的な才であり、純粋な破壊力や力に長ける。

・黒の才:不可能を可能にすると言われるほど、常識から外れた力を持つ。

・風/冥海/大地の才:自然や霊的、気象的エネルギーを操る希少な才。

・天使/悪魔の才:強大で制御困難な力を宿す特異な存在。

・神の才:世界に13人しかいないとされる、全ての才の本質に通じる究極の才。


「これらはあくまで性質の違いで、優劣を決めるものではありません」


そのとき、教室の後方からひときわ強い声が響いた。


「でもさー、白ってやっぱ弱いっしょ?」


発言したのは悪威ハタ。

赤の才の持ち主であり、すでにその力は純粋な肉体強化として現れていた。

彼はヒミナ先生に向かってからかうように笑う。


「自分より弱い先生に教えられても、意味ないんじゃね?」


そして、ふざけた調子で拳を振り上げ――ヒミナ先生へ向かって打ちかかろうとした。


その瞬間。


空間が、静止した。


「……!?」


ハタの腕が、ヒミナ先生の前でぴたりと止まっていた。

まるで時間そのものが、ほんの刹那だけ止まったような不可思議な感覚。


「暴力は、絶対にいけません」


ヒミナ先生は微笑みを崩さず、ハタの拳に手を添えてゆっくりと下ろさせた。


「“白の才”は弱い……とよく言われますが、使い方によっては、赤にも負けませんよ」


クラスの生徒たちは思わず息を呑んだ。

その姿はただ優しいだけではなく、静かな威厳をまとっていた。


「それに皆さん、いずれ“才門式”という行事があります。

そのとき、あなた自身の本当の才の“色”と“名前”が明らかになります」


ヒミナ先生は黒板に“才門式”と丁寧に書き加えた。


「今わかっているのは、あくまで親御さんが予測しているだけのこと。

本当の才は、まだ誰にもわかりません」


アムはその言葉を聞きながら、自分の胸の奥で何かがそっと灯るのを感じた。


(僕の才……僕だけの力……)


「だからこそ、今は焦らずに過ごしてください。どんな才も、その使い手の心のあり方で闇にも光にもなるのです」


教室には温かな空気が流れていた。


だがその穏やかな時間は、突然破られる。


「元吉先生!急いで生徒たちを避難させて!」


廊下から飛び込んできた教師の声。


「……悪魔が出ました。“一次の悪魔”が……!」


その瞬間、空気が張り詰める。


窓の外、グラウンドには、幾つもの影が蠢いていた。

すでに、数体の“二次の悪魔”が現れていたのだった――。


ヒミナ先生の瞳が、静かに強く光る。


「みんな、落ち着いて。私が必ず守ります」


才の授業が終わった直後。

アムたちは、才の本当の意味をまだ知らぬまま、過酷な現実に向き合おうとしていた。


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