第71話 ジェット=チェン

親なんて知らねえ


俺は浜辺に小舟に乗せられて流されていたところを、ジャック=リー=チェンに拾われた


都市国家アルカディアを支配するデウスエクスマキナの幹部だったジャック=リー=チェンは自分の子供かわりとして俺を育てた


俺もジャックさんが自分の親だと思っていた


だから、カンフーと、銃の修行を積み、誰よりも育ての親であるジャックさんに仕えることを目標に生きてきた


ジャックさんはアルカディアにある中国街を支配する顔役であり、中国系の移民たちの生活を第一に考える方だった


俺はその生き方に憧れていた


いつか『親父』のようになってこの街を守りたいと思っていた。


ジャックさんは赤い宝石をいつも肌身離さず持っていた


ある日、その宝石はなんなのかと聞いたことがある


「これは長老パンドラ様から頂いた宝玉だ。この宝玉は命をかけてでも、守り抜く」



ある日、親父は一人の女を秘書としてそばに置いた


それが雨魚ユーユイ


彼女も俺と同じで中国系で親がいなくて、孤児院で育てられ、組織の人間に引きとられたらしい


俺たちが恋人の関係になるのはそれほど時間がかからなかった


いつか、俺たちは一緒になって海の見える丘に家を建てて二人生きてゆこうと誓い合った



ある日のことだった


いつも待ち合わせていた駅前に彼女はこなかった


俺は胸騒ぎがした


彼女が、約束を破るはずがない


その時、仲間の一人から、親父の車が彼女を乗せて連れて行ったという


俺は胸騒ぎのまま、いてもたってもいられずに、車を追った


親父は、真面目な男であるが、女に対しては手が早いところがある


俺は親父の屋敷に足を踏み入れた


そして見た


寝室で裸になりながら、裸の雨魚ユーユイの上に覆い被さるジャック=リー=チェンの姿を


「親父」


「出ていけ、早く出て行くんだ!」


その目は俺のことをゴミのように見ていた


生臭い魚の匂いが親父からした


その姿は俺が憧れた親父の姿ではなく、ただの生臭い匂いがする化け物のように見えた


お前は親父なんかじゃねえ!


「うわあああ!!」


俺はM17を抜き、親父の頭を撃ち抜いた


飛び散った脳漿と血液が寝室を汚す


雨魚ユーユイ


俺は動かなくなったジャック=リー=チェンの体をベッドから突き落とすと、服を脱ぎながら怯える雨魚ユーユイの上に跨った


ああ、俺の雨魚ユーユイ


嫌だっただろう


気持ち悪かっただろう


汚れちまったお前の体を俺が清めてやる


俺は親父と呼んだ男の死体が転がる寝室で、雨魚ユーユイの体を激しく抱き続けた




ーージェット、ジェット


雨魚ユーユイの声がして俺は目を覚ました


「雨魚!」


彼女の声がする


あの鏡の方からだ


鏡には黒い髪を伸ばした雨魚ユーユイの姿があった


雨魚ユーユイ


ーー私と一緒に来て、私のジェット


雨魚ユーユイ


ーー私たちのために、涙石を持ってきて


涙石?


ああ、あのシーモアのやつが首から下げている青い宝石か


雨女ユーユイの姿が鏡から消えた後、鏡には俺の姿が映っていた


「な、なんだこりゃあ」


俺は驚きのあまり声を上げる


俺の目は金色に輝き、目の周りには青い鱗が生えかかっていた


まるで、その姿はシーモア


あの気持ちの悪い魚人たちとそっくりだった


俺は海から来て、ジャック=リー=チェンに拾われた


覇下ハカは産まれた時は人間の姿をしているが、個人差はあれ、いずれは魚人の姿になるといっていたシーモアの言葉が思い出される


俺は、今、やっと理解した


「なんだ、俺も人間じゃなかったんだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る