第48話 CQC


「301、302、303・・・」


アルカディア中央病院の屋上でタンクトップとハーフパンツを履いたブライドが足立て伏せをしていた


医者から安静にしておけと言われているが、入院生活で筋力を落とすわけにはいかない


退院したらすぐに任務につく


任務について必ず、消えた蟲たちの足取りを追わなければならない


ギターの穏やかな音色がする


振り返ると給水塔に腰をかけながらゲイル=クラウドがビートルズの『LET I T BE』を奏でていた


「よう、せいが出るな。ブライド」


ブライドに向かってゲイルはウィンクをする


「何しにきた?」


立ち上がってブライドは尋ねた


「釣れないな。友人の見舞いに来たのさ。御宅の好きなガトーショコラも買ってきてやったぜ。・・・それと、医者に言われただろ、トレーニングはやめて病室で安静にしているんだな」


「余計なお世話だ。私の体は私がよくわかっている」


ゲイルの言葉を否定して、次はスクワットを始める


ゲイルはため息をついた


相変わらず自分で決めたことは、他人が何と言おうとやり遂げようとする


自分を持ち、貫き通す真面目さは美徳かもしれないが、時として他人の言う言葉を素直に聞けないのは不器用だと思われる


ブライドは間違いなく不器用で頑固な女だった


「そうかな?俺には御宅の体が悲鳴をあげているように見えるぜー」


この男、私の何がわかるのだ、カチンときたブライドはカンフー映画のように手の平を振るってゲイルを挑発した


「私の体のどこが悲鳴をあげているのか?だったら組み手に付き合え」


「仕方ねーな。加減はなしでいいか?」


ゲイルはニヤリと口を歪めて笑うと立ち上がって大きく伸びをした


「当たり前だ。加減なんかしたらお前にも入院してもらうことになるぞ」


「そいつは怖い怖い」


ゲイルは給水塔から飛び降りてブライドの前に立つ


二人は拳を作り、腕をあげて拳闘の構えをとった


二人とも『神父』レオン=クラリックに空手、柔術、ジークンドー、ムエタイが融合された近接戦闘CQCを教えられている


すなわち、同じ流派だ


互いの手の内を知り尽くしているからこそ、読み切るのが逆に難しい


必ず、その型にはまったその動きで誘い、我流のフェイントを入れてくるからだ


ゲイルの繰り出した拳をブライドは足で受け止めた


ブライドは飛び下がり、壁を蹴って高く飛び上がると、ゲイルの頭に向かって踵落としを仕掛けようとする


豹のような身軽な動きで意表をつくことこそ、ブライドの我流格闘術の真骨頂


「おっと!」


踵落としををゲイルは後ろに飛び下がってかわす


「はああああああ!!」


ブライドは連続して蹴りを繰り出してゆくが、ゲイルは紙一重でかわしてゆく


「はあはあ、クソ!」


息を切らしながらブライドは毒付く


呼吸が上がるのが早い


ブライドは自分でも、ゲイルが言うとおり万全ではないことをわからされてしまう


「ゲームセットだ」


ゲイルは苦笑いを浮かべながら構えを解いた


「だから言っただろ。まだ、御宅の体は万全じゃあないんだよ。怪我人は怪我人らしく安静にしな」


「ま、まだだ!」


ブライドはその時気づいた


手足が動かない


何か見えない糸で拘束されているようだ


見えない糸?


ーーこいつ、やったな


ブライドはゲイルを睨みつける


「ゲイル!」


「おっと!魔術を使うなとは言われてないぜ。戦っている最中に蹴りをかわしながら御宅の手足に空気を固定して作った糸でフェンスに括り付けた。万全の御宅ならばこれも気づけていたはずだぜ」


「ゲイル、早く糸の拘束を解け」


「そりゃあダメだブライド。解いたら御宅、俺に殴りかかるだろ?いいからそのまま話を聞けよ」


「話だと?」


「聞いたぜ。随分、任務で無理したんだってな。魔術を司る心肺機能がボロボロだ、下手すりゃあ、死ぬ可能性があったんだ。もっと自分を大事にしな。・・・復讐なんてやめちまえ。御宅には似合わねえよ」


いつも、飄々としたゲイルが珍しく真剣な顔つきでいう


「君に何がわかる。私は『両親の無念を晴らし、デビッド=シンに罪を償わせて、奴を止める』それが」


「『娘の責任』か。俺のお袋は他人の恨みを晴らす復讐を代行する仕事をしていた。だが最後は、返り討ちにあって悲惨に死んでいったぜ」


「それと私に何の関係が」


ブライドはゲイルに尋ねる


「俺はお袋のように死に急ぐ女を黙って見ていられないんだ。このまま、走り続ければ御宅は必ず壊れるのが目に見えているからな。まずはベッドに入って休むんだお姫様」


「あいにくだが、私は復讐をやめないよ。君の言うとおり、奴を止めることは、娘としての責任だからな。


「だったら、なおさら、今は休養するべきじゃあないのか?」


「そうだな。君の言うとおり、今は安静にしようと思う」


真剣なゲイルの言葉にブライドは折れた


「そうか、そいつは良かった。素直な女は好きだぜ」


そういうとゲイルは笑ってギターを持って、屋上から出て行った


屋上にブライドだけが残される


しかし、体は動かない


見えない糸を解除しないまま、ゲイルは出て行ったのだ


「おい、糸を解いていけ!この馬鹿ーっ!」


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