第17話 人質

上半身を切断されたザムザが倒れる


「終わりだな」


ザムザの止めを刺すために槍を構えるタナトス


「ま、待て!こ、殺さないでくれよお!」


先ほどまでと一転してザムザは命乞いをする


上半身だけで土下座をして必死に自らの助命を嘆願する


「おい、さっきは部下に死ぬまで戦えと言ったじゃあないか?」


タナトスは呆れながら槍を振り上げる


「そんなのどうでもいいじゃあねえか。俺の正体がボスの『ザムザ』のクローンであろうとも俺は自分が死ぬのが一番嫌なんだ。誰だってそうだろ。そうだ、なんだって話すよ。こんなことをしでかした奴らのことを」


「奴ら、奴らと言ったか貴様」


タナトスは槍を下ろす


やはり、一連の知能を持つ魔獣たちのテロは、魔術師の組織によるものだったのか


今まで下っぱの魔術師たちや魔物を捕らえてもなんの手がかりも得られなかった


ここで、その組織の全貌を掴むことができれば、それは千載一遇に値する


「言え、組織の名前はなんだ?首謀者は誰だ。本拠地はどこにある?」


「・・・組織の名前は」


その時、ザムザはニヤリと笑う


その瞳には一匹のオークが映っている


全てはザムザの時間稼ぎであると、タナトスは気づいた


「いうかよバーカ」


「槍を捨てろ、槍使い!」


見ればオークがメノウを取り押さえて、その頭にワルサーP38を突きつけている


メノウは先ほど、ザムザに突進されてガードレールにぶつかり傷を負った


オーク相手にも後手を取られるほど傷は深かったようである


「ご、ごめんなさい。タナトスさん。でも、こいつらのいうことなんて聞かないで!私のことは見捨ててくれていいから!」


「こいつ余計なことを言うな」


オークがメノウの頭を銃底で殴る


「どうする?ジェントルマン。見捨てたっていいぜ。誰だって自分の命は大事だあ?だがちみにそれができるならなあ〜!!」


「槍を捨てたらメノウを解放すると約束するか?」


「ああ!約束しよう。ギブ・アンド・テイクと行こうよ!」


ザムザはニヤリと牙を見せながら笑う


タナトスはサングラスの奥で目を瞑った



5年前、死んだ友、メノウの父、城天馬グスクテンマの最後の光景が蘇る


あの夜、ある重要人物を追跡中に、天馬はその人物に撃たれてしまった


アダマンチウム製の盾さえも貫くその一撃は彼の腹部を文字通りに消し飛ばした


内臓が消し飛び、この傷では医療班が到着しても死を待つしかない状況だった


ーー大丈夫か、テンマ!


ーーどうやら俺はここまでだ・・・、組織に入る前から喧嘩友達だったお前が俺を看取ることになるなんてな


ーー馬鹿、喋るな。生きるんだ、お前には娘もカミさんもいるじゃねえか


ーー俺たちのような人間はいつ死んでも仕方がない。そのつもりで二人ともやってきた。だが、未練がないと言えば嘘になる


ーーメノウサオリのことだな。安心しろ。あの二人は俺が守ってやる


ーーそうか、なら、安心だな・・・、少し、眠るぜ


天馬はそのまま、眠るように死んでいった


あの日、俺は誓った


必ず、お前の大事な二人は、俺が守ってみせると


だから、こんなところで死なせられるわけねえだろうがよお



タナトスは槍を手元から投げ捨てた


我ながら普段は冷静な自分らしくもない馬鹿な選択だと思う


しかし、メノウを人質に取られた以上、今はこうするしか選択肢はなかった


「これでメノウは解放してくれるのか?」


「ははははは!マジで、マジで槍捨てちゃった!」


ザムザの巨大な拳がタナトスを殴りつける


タナトスは吹き飛ばされて地面に転がった


「アホか!!解放するわけねえだろ。お前ら、二人とも嬲り殺して俺ちゃんのディナーになるのん。オラあ、立ち上がれ、歯を食いしばれ、男の子だろ〜!!」


タナトスは再び拳を振り上げる



「なっ」


銃をメノウの頭に突きつけたオークは、自分の目の前にフランス人形が歩いてくるのを見た


「なんだこいつは。気持ち悪い」


「ネーネー、豚のお兄さん。私と一緒に遊ばナイ?」


「あ、遊ばねえよ、どっか行けよ」


「アソボアソボアソボ」


「うるせえなあ!」


オークはワルサーP38の引き金を引いた


人形は飛び上がって、弾丸をかわすとオークの頭にしがみつく


「遊ばないんナラ、死んでチョウダイ!!」


人形の洋服の下には爆弾がくくりつけられているのを、オークは気づいた


「うわああああああ!!」


ドカン!!


オークの頭で人形が爆発し、脳症があたりに飛び散った


「なんなの?」


メノウは目を丸くする


「手負とはいえオーク如きに遅れをとるなんてまだまだなのだわ。お嬢さん」


背の高い黒服の男『レイス』に抱き抱えられた黒いドレスを着た人形の少女『ラン』がニコリと笑った



「タナトス、なにをやっている」


黒いレディーススーツを着た金髪の女が日本刀を持って膝をつくタナトスのそばに歩み寄る


「人質を取られたからって武器を捨てるのは、馬鹿者のすることよ。冷静なあなたらしくないわね」


「あなたがそばに来ていることに確信を持たなければ、こんなことはしていないさ」


「救援が来るまでの時間稼ぎ、そういうことにしておきましょう。ねえ、そこの」


ジル=ナカムラはザムザに話しかける


「なんだ?お前は。このザムザ様にその小さな刀で剣舞でも見せてくれるのか?踊るならその柔肌さらして裸踊りでも見せてくれや」


下卑た笑みを浮かべるベヒーモスの額のザムザの顔


華奢な女性なジル=ナカムラでは自分を殺し得ないと思って舐め切っている


あー、ジルは髪の毛を撫でると、ザムザを睨みつけて人差し指を突きつけた


「『お前は』じゃあない。私は『ジル=ナカムラ』今からお前を殺す女の名前だからよく覚えておきなさい」


次の瞬間、ザムザの両腕が切断された


「あ・・・。アレ?」


抜刀の瞬間が見えない


ーーこいつは、いつの間に、俺の手を切り落としたんだ?


「迅雷」


今度は一瞬で疾り抜ける青い雷光とともにザムザの首が跳ね飛ばされる


ーーま、まさか、こいつ雷の速さで剣を振るっている?こんな奴がいるなんて聞かされていねーぞ!!


首だけになって地面を転がるザムザの額に刀の切先で軽く付いた


赤い血がザムザの生首から流れ出す


「首だけでもしばらくは生きていられるんでしょう?さあ、言いなさい。雇い主の名前を。言ったら楽に殺してあげるわ」


「し、死ぬのは嫌〜!!」


この後に及んで命乞いをするとは


なんて見苦しいのかしらと、ジルは呆れてしまった


「・・・何者かを殺せば、自分も殺されるのが、この世の摂理でしょう?」


「そう言うこと言っているんじゃあねえんだよ!!」


ザムザが叫ぶ


「俺が負けたことは、リアルタイムで『蟲』の奴らに伝わっているんだぜ」


その時だった


ザムザの頭が燃え上がる


「いやああああああ!!死にたくない、死にたくない、死にたくない!!」


首だけになっても自分の命にのみ執着して、情けなく叫び続けるザムザは業火の中で焼き尽くされて灰になった


「『組織』への手がかりは得られなかったか」


「いえ、『インセクト、それが手がかりよ」


たった一つ、ジルたちが手に入れた手がかりは、最後にザムザが言った『蟲』という単語だけである


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る