二章 屑は屑でも星屑のように

すごいひとになりました

「どうも。ハンターズギルド迷宮安全課特殊捜査部特務エージェント、白織しらおり藍莉あいりです」


:ち ょ っ と ま て

:情報量が多すぎる

:三週間活動無かったと思ったら何があったんだ

:待って迷安???特務エージェント???やばい事言ってない???

:白織???は??????お嬢様なの??????

:迷安も特務も聞いたことない部署も白織もあいまって情報の塊が過ぎるって


 ちらりと同接を見れば、三週間全くハンター活動も配信もしていなかったというのに、三千人近く。

 実に普段の私の百倍だ。これがこれからの普段になる可能性があるのだから、ネットというものは恐ろしいし、バズるというのは恐ろしい。


 なんてことはさて置いて、自己紹介について。

 ちょっといたずらしてやろうかな、なんて気持ちのままに、説明も何もなくリスナーに向けて情報の塊をぶつけてみれば、思っている以上にみんな困惑しているみたいで、こっちとしても仕掛けたかいがあるというもの。


:なんか、ちょっと変わったね?

:説明無く突拍子の無いこと言ったりやったりするのはまんま昔のシア


 あの日、朝焼けを迎えて。

 後ろを向きながらでも、ちゃんと前を向くと、後ろ向きのままでも前に歩いていこうと、そう決めてから、三週間。

 過去を受け入れ、飲み込んで、歩んできた道全てをまとめて、今の私があるんだと思うように頑張り始めてから、三週間。


 ずっとずっと目を逸らしていた、どこまでも温かい現実は、ちょっとだけ私の在り方を変えてくれた。

 ユイに、銀次郎に、ひなたに、ふわりに、山岡に。

 たくさんの人たちに押されて踏み出した、棘だらけの地獄だと思っていた場所は、その実優しさとぬくもりに包まれていて。


 簡単に言えば、吹っ切れた。


 説明用に渡されたパネルを持つ。

 ハンターズギルド迷宮安全課特殊捜査部特務エージェント、略して迷安特捜部と、特務エージェントの業務について。所属形態と契約の内容について。

 そして、私のこれからについての説明だ。


:待ってシアちゃんその指輪なに

:左手……?薬指……!?

:前回の配信までなかったよね……?

:おい嘘だろ、嘘だと言ってくれ

:相手は誰なの!?ねぇ誰なのさ!?


「トウヤ。遺してくれた指輪だよ」


:あの、もうちょっと軽いかと

:ごめん……ごめん…………

:てっきりもっと軽く語れる色恋の話かと

:おめでとう。長年の恋が叶ったじゃん


「ん」


 なんか、常連さんが夜空の輝剣と私の過去を知っているのは、狭かったコミュニティゆえにもはや当たり前になっていたのだけど。

 こっちが把握していない人が私の過去を知っているのは、どういう了見だろうか。


「なんで、知ってるの?」


:まとめサイトにまとめられてんだよなぁ

:ずっと銀狼ちゃんの話題でもちきりだったのに、本人全く配信しないのには笑ったよね

:この子SNSとか全くやらんから……

:今まで銀狼だった謎の項目にどんどん情報書き込まれるのは見てて面白かった


 どうやら、私の過去だったり、私の情報だったりがまとめられているらしい。

 確かに、それなら割といろんな人が知っていても不思議ではない。

 ハンターまとめサイトなるものがあるみたいで、クライアントがハンターに対して指名で依頼を出すときなんかに、参考になったりもしたりするらしい。


 私も一応“銀狼”としてそのサイトに深層ハンターとして存在自体はしていたらしいが、今まであまりにも情報が無かったゆえに、まったく参考にならない謎の項目だったのだとか。

 目撃情報とか、外見とか、それくらいしか載っていなかったみたい。


 そもそもそんなサイトがあることすら知らなかった。

 世の中便利に回っているんだな。なんて。


 いや待て個人の過去についてまとめるのはちょっと違うんじゃないかなんて思わなくもないけど。

 確かに有名人とかの某サイトの情報まとめには来歴なんかも書かれてるか、とまあ不本意ながら納得。


「と、説明」


 わき道にそれた話を、無理やり軌道修正。

 まず、パネルをぺらり。


 出てきたのは、迷宮安全課についての記述。


「迷宮安全課、通称迷安は、その名の通り、迷宮内の安全を維持していく、ハンターズギルドの部署。ハンターズギルドの迷宮管理業務において、一般では対処困難な問題を主に対処する精鋭たち。これは結構有名な話だと思う」


 一区切り。

 こうして四桁以上の人間の前で話すというのは、まだちょっと緊張する。


「ただ、精鋭ばかりの迷安でも対処困難と判断された超高難易度任務ってのは、世の中にいくつも存在してて、取りこぼした命ってのは数えきれない」


 特に深層は、その域に到達することができる人間そのものが一握りだ。

 さらに現状最前線である十二層に到達できるのなんて、一摘まみくらいのもの。

 十二層で発生した問題には、ほとんど手が付けられない状態にあった。


「そのため迷安は、新たに特殊捜査部、通称特捜部を立ち上げた。捜査の名を冠してるけど、実質的な任務は超高難易度の特殊任務や緊急任務への対応。その中でも私は、特務エージェントとして例外的に“外部協力者”として所属してる」


 ちなみにこれは、ハンターズギルドが直々に提案してきた契約だ。

 今までのフリーランスの状態を基本は維持するが、魔物性災害なんかが発生したり深層で何か問題が起こったら、緊急任務として私が派遣されるというようなそんな感じの契約。

 あくまで外部協力者のため、ギルドや迷安に私への強制力はない。


 ただ、私としても緊急性の高い任務をこなすことは本望なので、受諾した。

 もともとギルド発の高難易度依頼を多くこなしていたために、別にこの契約が交わされたとて特に私のハンター活動に対して支障は出ないと判断した結果だ。

 報酬も待遇もいい。


「国連とギルドによる連名によって指名された、大事な役職になる」


 これはマネージャーさんに言えって言われた。

 こう言っておけば、よほどの馬鹿じゃない限りは私を害そうとは思わないから、らしい。

 いや別に誰が来ても大抵はやり返せるし、なんなら殺さないようにこっちが神経使うことになるとは思うんだけど。


:ち ょ っ と ま て

:急に話が世界規模になった

:国連???ギルド???指名???個人を指名……??????

:ちょっと世界が違いすぎるかも


「ま、所属したしなんか役職もついたけど、基本はいつもと変わらない。深層潜ったり、他の層域で何か異変があればそれを調査したり、ギルド発の高難易度依頼をこなしたり。だから、特に何かが変わることは無いと思う」


 そう締めて、ぱたりとパネルを閉じる。


 正直、立場が変わったり肩書が増えたり、色んな事があったけど。

 特にそれに対して、実感というものは無い。あと別に、偉くなったとかもない。


 普段はいつもと変わらない、フリーランスでのびのびと活動するハンターだ。

 適当に配信付けて、適当に探索や調査の様子を垂れ流しながら、適当にぶらぶらとあても目的もなくとりあえず歩き回る。

 そんな私のスタイルに、変わりはないだろう。


 トウヤに対して『守れなかったもの以上を守ってみせる』と宣言したから。

 だから、ちょっとでもその言葉に近づけるだろうかと思い所属したに過ぎない。

 こうすれば、一般には秘匿されている依頼なんかも受けることができるから。


 一人でも『ただいま』って言える人が増えたなら、それが一番だから。


「で」


 ちょっとだけ、タメを作る。

 少々特殊な任務を任されてしまったのだ。

 確実に任せる相手を間違っているとは思うけど。


「私、街作る」


:ち ょ っ と ま て

:???

:この子は何を言ってるの?

:わからない……シアちゃんの考えてることが全くわからない……


『シアさん。流石に言葉足らずです。もうちょっと説明してください』


 脳内に直接響くのは、マネージャーである真白さんの声。

 コネクタを通して、音声が脳神経に直接届く仕組み。


 流石に説明不足と言われてしまったので、ちょっと補強して説明しよう。

 ちょっとくらい言葉を足せば、みんなも理解してくれるはず。



「深層に、街を作ります」



 真白さんの呆れたような溜息が、私の脳内に直接響いたのだった。

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