牛頭女奇譚

・原文


貞觀四年、粥田莊堺郷、紅衣牛頭女現。

村人問牛女曰「汝自何處來、名何」

牛女曰「吾名云『哀豆牟良』」

村人或疑曰「會津之邑耶。」或曰「自會津來、名曰牟良乎」

牛女告曰「不久必有富士大噴火將臨」又曰「若後世有人見此言、則萬事盡矣」

見牛女涕泣如雨、眾人驚懼。忽一女現、執斧斬牛女首。

村人未問其女之情由之前、該女已倒而歿。傳云「彼女牛女之母也」

至翌々年、富士山果然噴火、皆如牛女所言。

此怪事錄之雖恐怖、若不錄又覺不敬佛道。佛僧惟仰佛心而書之。


・書き下し文(逐語訳)


貞観四年、粥田の庄の堺郷にて、紅衣の牛頭の女、現れたり。

村人、牛女に問ひて曰く「汝、何処より来たりて名は何ぞ」と。

牛女、答へて曰く「我が名は『哀豆牟良』」

村人或いは疑ひて曰く、「會津の邑か」と。或いは曰く、「會津より來たりて、名を牟良と云ふか」と。

牛女、告げて曰く「久しからずして富士山の大噴火有らん」と。

牛女、また曰く「若し後の世に此の言を見し者あらば、則ち万事盡くなりなん」と。

牛女の大粒の涙を見るに、衆人皆おそれたり。忽ち又一女現れ、斧を取りて牛女の首を斬り落とす。

村人、未だ其の女の情由を問はざるの前に、該女すでに倒れて息絶えにけり。伝へ云はく「彼女は牛女が母なり」と。

翌々年に至りて、富士山果して噴火す。皆牛女の言の如し。

此の怪事を録することは恐ろし。されど録せざればまた佛道に背くかと思はる。仏僧ただ仏心を仰ぎてこれを記すなり。


・意訳(現代語訳)


貞観四年(西暦862年)、粥田荘かいたしょう堺郷さかいごうに、赤い衣を着た牛頭の女が現れた。村人たちが「どこから来たのか、名前は何か?」と尋ねると、その女は「あいづんむら」と答えた。村人の中には、「会津の村から来た」と受け取った者と、「会津から来た者で、名はムラである」と受け取った者がいた。その牛女は「近いうちに富士山で大きな噴火が起こる」と予言し、「私のこの予言が後の世に見つかったとき、すべてが終わるだろう」と告げた後、涙を流した。

村人たちは牛頭の女が泣く様子を見て恐ろしく思った。すると突然、もう一人の女が現れ、斧で牛頭の女の首を切り落とした。その女はすぐに倒れて息を引き取り、後に「牛女の母親であった」という伝えが残りました。翌々年、富士山が噴火し(実際、864年に富士山の大噴火が記録されています)、牛頭の女の予言どおりになった。

著者(おそらく僧侶)は、「このような怪異譚を書き記すことは恐ろしいことだ」とした上で、しかし記録しなければ仏教の教えに背くように思われるとして結んでいる。

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