おまけ② ―海の上のとわ子―

大海原のど真ん中で、とわ子はぷかぷか浮かんでいた。


目を開けると、空と海しかなかった。


「……うーん……」


潮風が頬を撫でる。


再び目覚めた時、最寄りに人間の気配はなかった。

せっかく育んだかつ丼文明は滅んだらしい。

ならばまた人間を見つけて文明を作るしかないわけだが、

砂糖とカカオ豆の栽培を考えたら、このまま日本で文明をやり直すより、ユーラシア大陸に行った方がいいと思った。

新しい食材が必要だし、人もたぶんいるだろう。


「……じゃあ、日本脱出するか」


そう決めたのは数日前だった。


だが、道具も人手もない。

とわ子は木をいくつか伐採して丸太を組んだ。

釘も綱もなしの、粗末にもほどがあるイカダだった。


「まぁ、食料も水も要らないし、イケるでしょ」


たぶん一週間もすれば大陸が見えるだろう。

そう考えて、海に乗り出した。


一日目の夜――。


空が暗くなり、大きなうねりが来た。

海は黒い壁のように立ち上がり、イカダを叩き潰した。


「うわああああ!!!」


丸太がばらばらになり、とわ子は宙を舞い、そのまま海に沈んだ。


うねる海面に頭を出すと、あたりは水ばかりだった。

木片が浮いている以外に何もない。


「……こんなはずじゃなかったのに……」


仕方ないので、泳ぎ始めた。


だが――。


人間の泳力では潮流に勝てず、すぐに方向感覚がなくなった。

どこを見ても、同じ波の色だった。


夜が明け、日が上っても、視界のどこにも陸地は見えない。

東か西か、北か南か。

どちらに向かえばいいかも分からない。


とわ子はしばらく浮かんで考えた。


「……まぁ、いずれどこかの浜に流れ着くか……」


そう結論づけると、仰向けに浮かんで、ただ潮に流されることにした。


目を閉じる。

太陽の熱が顔を焼く。

波の音が遠くで響く。


「……時間だけは無限にあるし……」


大きく息を吐いて、体の力を抜いた。


潮に揺られて、とわ子はどこまでも運ばれていった。

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