第16話 貨の誕生
とわ子は、広場の隅に積まれた金属の山を眺めた。
鉄も銅も貴重だ。
でも、一つだけ余っているものがあった。
アルミ。
鍛造には柔らかすぎ、刃にもならず、重さも足りない。
鍋や食器には多少使っていたが、まだまだ余っている。
「……これでいいか」
軽く頷いた。
柔らかく加工しやすいなら、同じ大きさの板を大量に鋳造できる。
人々が持って移動するにも負担が少ない。
刻印を押せば、他の道具とは簡単に区別できる。
「よし」
翌日、とわ子は村の中央に人を集めた。
「これから、新しい仕組みを作る」
火を囲む輪が静まる。
とわ子は、何も書かれていない小さな円盤を土の上に置いた。
「これは、みんなが働いたしるし。これを集めれば、欲しいものと替えられる」
言葉の意味はすぐには通じない。
とわ子は、米を持った者と鉄器を持った者を呼び寄せた。
「たとえば、これまでは直接物を渡していた。でも、これからは、まずこの金属を交換する」
米を渡す。
代わりに円盤を渡す。
円盤を渡し、鉄器を受け取る。
人々は目を見開いて、何度もとわ子と金属片を見比べた。
「同じ形、同じ重さ、同じ刻印。だから誰が見ても価値が分かる。これを“貨”と呼ぶ」
刻印には、焚き火の象徴と稲の印を組み合わせた紋を選んだ。
ざわめきが起きる。
「……分からなくてもいい。すぐに覚える。これがあれば、誰でも同じ条件で物を替えられる」
夜までかけて、言葉を尽くし、例を見せ続けた。
何度も手順を繰り返すうち、少しずつ、人々の表情が変わっていく。
それは、便利さに気づいたときの目だった。
とわ子は黙って頷き、手を伸ばした。
「鋳型を作る。数は……そうだな、最初は百くらいでいい」
アルミの山を見つめながら、心の中で数を計算した。
通貨が生まれる。
それは、街がもう一つ先へ進む合図だ。
火が揺れる広場に、冷たい夜風が吹いた。
とわ子はひとつ息を吐き、目を伏せた。
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